学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。

Pocket

写真(安倍総理を無批判に礼賛する人たち) 出典:ニュース23
写真(安倍総理を無批判に礼賛する人たち) 出典:ニュース23

 学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。健全な批判能力とは、弱いものをイジメるということではない。自分より権力がある者の行動や発言を監視し、必要とあらば冷静に批判する勇気を持つということだ。

 上役の言うことは何でも素直に受け入れ、議論もせず、他人の目を気にして空気ばかりを読もうとする人間には、社会を進歩させる力はなく、逆に腐敗と堕落をもたらす。自国の美しい部分ばかりに目が行き、歴史上の過ちから目をそむける人間は、同じ過ちを何度でも繰り返す。過去の政治権力者たちは、腐敗と失敗の歴史であり、批判の対象と捉えるのが正しい姿勢である。批判的思考とは、高度に知的な営みであり、価値ある態度である。

 歴史・社会・政治などを教える立場の先生は特に、事実に基づいて権力者たちを冷静に分析・批判する能力が求められるし、生徒にも批判的な見方を指導しなければならない。単に知識を授けて、覚えたかどうかチェックするだけならば教育者としての役割を果たしたことにはならない。教育者は政治的に「中立」であってはならない。生徒を無知で無気力にするような授業をしてはならない。喜ぶのは悪徳権力者だけである。

 政治権力者は、教育機関を大衆洗脳のための道具として活用する誘惑に常にさらされている。教科書から都合の悪い事実をすべて削除したいのだ。生徒が授業中に議論したり意思表示する機会を奪いたいのだ。中央集権的な官僚システムによって、教師を思う通りにコントロールしたい願望に駆られている。問題意識のある教師には圧力をかけ、言うことを聞かなければ駆逐の対象とする。古今東西、権力者と名のつくものが考えることは同じである。教師たちは政治的な意識を強く持ち、教育現場へ権力者が介入することに抵抗し続けなければならない。

 掲げる政策の良し悪し以前に、法的な枠組みを破壊し国家の土台を崩した安倍政権は、戦後最低最悪の内閣である。安保法制の成立過程を振り返れば、誰でも納得するはずだ。

関連記事リンク:
「安保法制成立までに用いられてきた反則技、劣悪政治家たちの暴言、及び、伊藤真弁護士の親切解説を紹介」

 安倍内閣を批判しない教師が日本の学校にいるのだろうか?もしいたら、その人は職務怠慢だと言わざるを得ない。生徒の知的好奇心を衰退させ、無気力で政治的無関心な有権者を作り出す結果をもたらすものであり、罪であると言える。実際には安倍内閣を批判するような教師はまれであり、もし批判していることが判明したら処分の対象になるのが現実なのである。実力のない政治家ほど、弱者を力でねじ伏せようとする。

 神奈川県相模原市のやまゆり園で、無抵抗な障がい者の大量殺戮事件が起こったが、容疑者は、安倍総理などの反動政治権力者に媚びる態度を見せていたという。強いものには素直に従い、自分より弱い者に刃を向けるとは卑劣極まりないが、長年に渡る日本の教育の「成果」と言えるだろう。この容疑者に共感するものは皆、劣悪な日本の教育による被害者である。

 冒頭の主張を繰り返す。

 学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。健全な批判能力とは、弱いものをイジメるということではない。自分より権力がある者の行動や発言を監視し、必要とあらば冷静に批判する勇気を持つということだ。

 何の問題意識もなく素直に日の丸を掲揚し、君が代を斉唱しても、社会は良くならない。悪徳権力者が薄ら笑いを浮かべるだけだ。無気力で知的に怠惰な人間が大量に生み出されるような学校教育を放置していたら、日本は再び戦前の過ちを繰り返すことになるだろう。

以上

Pocket

【シュタイナー教育とは?】世の中には、詰め込み方式とは異なる教育も存在する。

Pocket

授業中の風景

 知識を詰め込むだけの教育ほど、人間の精神を疲弊させるものはないと思う。私の学生時代を振り返ってみても、ほとんどは退屈で苦痛の思い出しかない。いちばんツラかった教科をあえて挙げるならば、それは歴史である。まるでロボットのような教師が時系列に無味乾燥な事実を並べていくだけ・・・。授業は睡魔との闘いであり、試験前でも教科書を読み直す気にもなれず、落第点を取らないような対策をするだけで精一杯であった。

 歴史だけではない。受験に関わる他の主要教科を担当する先生方は皆、一生懸命に生徒へ知識を授けようとしていたが、私の知的好奇心を満たすものは皆無であった。偏差値を上げて受験戦争に勝てば他人より良い人生が拓けるという幻想が存在しなければ、苦痛に耐えつつ真面目に取り組むことなどしなかっただろう。

 大学に入学して他の学生を観察してみると、廃人同然とは言わないが、気力も元気も知的好奇心も失った者たちで溢れていた。私自身理科系だったが大学の授業のほとんどには興味が持てず、自分が面白そうだと思える本を自分で見つけ出し、それらを自主的に読むことに多くの時間を費やしていた。

 先ほど、無味乾燥な歴史の授業を悪く言ったが、すべての生徒が私と同じ考えを持っていた訳ではない。「ああ、歴史の教科書を読むのは楽しいなあ。」なんてセリフを言っている者もいたのだ。彼は、私が感じていた苦痛を全く感じていないようだった。彼はいわゆる秀才であり、東大に現役で合格し、卒業後は官僚になった。

 教育、授業、学習といったものは、こんなにもツマラナイものなのか?と思っていた頃、本屋で偶然「シュタイナー教育を考える」(子安美知子著)という背表紙を見つけた。この教育哲学はドイツが発祥のようだ。

シュタイナー教育を考える (朝日文庫)

中古価格
¥1から
(2016/9/5 20:30時点)

 本著を二十数年ぶりに読み返してみた。その原理・目的や考え方、実践を以下に列挙する。

・「子どもが、自分で自分をしっかりとらえ、一番深い内部の欲求から、自覚的に行動すること」を教育目標としている。
・「成人して、世の中へ出ていくとき、外の権威に頼ったり、世の中の趨勢に左右されたりしないで、自分自身の内部で考え、その考えたことには自己の感情がこもっており、しかも、その考えたことを実行できる」状態を自由という。その自由へ向けて教育を行う。
・小学生が受ける生活科の目的は、「人間によって作り出された世界を、単なる傍観者としてではなく、直接肌で強く実感すること」である。
・最初から、「円の面積は半径の二乗×3.14なんだよ」と言ってしまうのではなく、まず自分で試行錯誤し見当をつけてみる過程を必ず踏む。
・画一ではなく個性、受け身ではなく能動、手本をまねるのではなく創造的であることを重視する。
・決まった答えがない発問をしたり、困難な状況に直面しながらもゆっくり時間を掛けながら解決に進んでいくやり方ならば、知識自体は忘れても子どもの力になる。
・先生自身が、身体そのものや生命体、感情体の固化している状態を動かそうという自覚をもって子どもの授業にあたる。

 シュタイナー教育が完全無欠だとか、一番優れている、などと言うつもりはない。試行錯誤しながら進歩を続けているのだと思う。しかし、シュタイナー教育を実践している学校が二十数年前は全世界に数百校だったのが、今は千校を超えている。ゆっくりだが、着実に増えているということは、徐々にその価値が人類社会に認められつつあるということだろう。

 ドイツでも、シュタイナー教育を実践しているのは、多くの学校のうちの一部に過ぎない。しかし、このような人間の根源に目を向けた教育哲学と実践を生み出すドイツという国には敬意を払わざるを得ない。

「他国の原発事故を教訓として原発全廃を決めた国」
「自国の加害者としての歴史的側面を重視し、失敗を繰り返さないように心掛けている国」

 これだけを見ても、教育の役割の大きさを認めないわけにはいかない。一方、日本はどうであろうか?

「自国で原発事故を起こしても現実を直視せず、事実を隠蔽し、同じ過ちを繰り返す国」
「自国の被害者としての歴史的側面には目を向けるが、加害者としての事実は感情的に拒否し、そればかりか迷惑をかけた諸外国を侮蔑し、国際的信用を失っている国」

 形だけの民主主義は存在するが実質機能せず、愚かな人間を権力者として選び、社会の閉塞状況を生んでいる。立ち止まって自分の頭で考えることを止めてしまった多くの日本国民は、精神を疲弊させるだけの無味乾燥な詰め込み教育の犠牲者ではないだろうか?本当に、このままで良いのだろうか?

 教育制度を変えても、その効果が表れるのには何年も何十年もかかる。シュタイナー教育の哲学が日本社会にすんなり受け入れられるとも思わない。しかし、日本社会の「常識」が決して万能でないことを知るためにも、一読の価値はあると考える。

シュタイナー教育を考える (朝日文庫)

中古価格
¥1から
(2016/9/5 20:30時点)

以上

Pocket

【世間知らず】愚劣な中学校長から生き方を強制された生徒たちに同情する。

Pocket

出典:ガベージニュース
出典:ガベージニュース

 日本社会の精神的貧困を象徴するような記事をネット上で見つけました。下にリンクを貼ります。

「子を産めない人は寄付を」 「2人以上」発言の校長

 大阪市鶴見区にある市立茨田北(まったきた)中学校の寺井寿男校長(61)の発言と、それに対する私の疑問・考えを述べたいと思います。

寺井寿男校長の発言1:
「女性にとって最も大切なことは、子どもを2人以上産むこと。仕事でキャリアを積むこと以上に価値がある」
「人口が減るなかで、日本がなくならないためには女性が子どもを産むしかない。間違った発言とは思わない」

 女は仕事よりも子供を産み育てることを優先せよ、国家のために国民が存在するのだ、子供をたくさん産んで国家繁栄に力を尽くせ、というメッセージです。戦前回帰願望が強い時代錯誤団体の日本会議を連想してしまいました。
 こんな発言を女子生徒が聞いて、素直に子供を産みたいと思う筈がありません。寺井寿男校長は発言の間違いを素直に認め、謝罪した方がいいでしょう。

参考リンク:
【独善的?戦前回帰願望?】安倍内閣を占拠している日本会議とは何か?

寺井寿男校長の発言2:
「生徒や保護者から直接おかしいという声は届いていない。私の発言で傷ついた生徒がいたなら真意をきちんと説明する」

 日本の学校教育現場には、話し合いをするという風土がありません。上意下達が基本です。校長という権力者がおかしい発言をしたとしても、それに反論する声が直接生徒から届くことは普通はありません。受験での内申書に響くのでは、という疑心暗鬼・恐怖心があるからです。お互いに実りある話し合いがされることを予想できなければ、勇気を出して校長へ直接反論することはありません。この校長は、反論が自分のところに直接届いていないので、生徒たちは全員納得している、と考えているようです。住んでいる世界が狭いのですね。

寺井寿男校長の発言3:
「出産を強いているわけではない。子育てが楽しいということを伝えたかった」

 上記の寺井寿男校長の発言1を見ればわかりますが、この校長は女性に対して出産を強いています。実質的な前言撤回ですし、矛盾が生じています。このような一貫性のない態度は、国際社会では最も忌み嫌われる原因となります。誰からも相手にされなくなります。もしかして、寺井寿男校長は安倍総理と同類の人間なのでしょうか?
 寺井寿男校長は、子育てを楽しいことだと考えているようです。子育ての楽しさを伝えたいならば、自分の体験談・失敗談を素直に飾らずに語ればよろしい。あなたが誠実で信頼できる人間だと生徒が判断すれば、強制されなくても自然に真似をするようになるでしょう。

寺井寿男校長の発言4:
「男女が協力して子どもを育てるのが社会への恩返し。子どもが産めず、育てられない人はその分施設などに寄付すればいい」

 子づくり・子育ての強要、国家への恩返しの強要です。奴隷でもないのに、強要されて素直に従う人間はいません。
 どうしても子供が産めない・育てられない人間は、仕方がないからお金を出せ、と言われて素直に寄付しようという人が現れるでしょうか?子供が産めない・育てられない人の中には、悩み苦しんでいるケースも多いはずです。想像力・共感力・思いやりを欠いた視野狭窄人間を、社会的責任がある立場に就けてはいけません。

寺井寿男校長の発言5:
「子育てのあと、大学で学び専門職に就けばいい」「出産や子育て後も学び直しはできる。女性がキャリアアップで不利にならないようにするべきだ」

 女は子供を産んで子育てが終わった後に大学で学べばいい、というお考えのようですが、二十歳前後の大学生の中に女性が存在してはならない、ということでしょうか?当たり前のことですが、いつ大学に行く・行かないを決めるのは個人であり、他人が指図することではありません。
 女性がキャリアアップで不利にならないようにという問題提起は、一般論として耳障りが良いですが、女性蔑視の妄言をたくさん聞かされてしまったあとでは、空しく響きますね。

最後に:
 教育の仕事を長年してきて、校長まで務めた寺井寿男氏。彼は自分が吐いた暴言で晩節を汚すことになりました。大阪市の教育委員会は、不適切発言として処分を検討しているそうです。
 多様性を無視し、画一的で硬直した考えを押し付ける息苦しい社会は、衰退し消滅する運命にあります。寺井寿男校長の発言自体が、少子化を加速し、日本を衰退させる原因になっていると思います。

以上

Pocket

【危険な組体操】崩壊事故の被害者生徒の声に耳を傾けよ。

Pocket

写真(組体操) 出典:不明
写真(組体操) 出典:不明

 小学校や中学校では、上写真のような組体操を生徒にやらせています。崩壊事故で生徒が大けがをして、ニュースになることが多くなりました。

 実際にどのようなものなのか、次のYouTubeビデオをご覧ください。崩壊事故の様子も確認できます。

 誰が見ても危険な行為だと分かります。実際どれだけ危険で恐ろしいものかは、やらされている生徒でなければ分からないでしょう。一番下の生徒には、一人当たり100~200㎏程度の力が加わるそうです。上のビデオでは、事故が発生しても観衆は呑気に拍手をしており、見ていて寒気を感じます。エンターテイメントとして楽しんでいるのでしょうか?人間としての基本的想像力が欠如しているのですかね?

 組体操のような恐ろしい行事が「伝統」として長年続いている原因を考えてみました。

・体育祭や運動会を見に来る保護者に対して受けが良い。ショー化が定着している。
・教師にとって、生徒を統率する手段として都合が良い。
・長年続いているものを中止にするよう提案するのは、保護者にとっても教師にとっても大きな勇気が必要。非難を浴びて学校組織内で冷遇される危険があり、なかなか言い出せない。惰性に流されるのが一番楽である。
・学校組織も基本的には上意下達であり、問題意識を持つ末端の教師が上に対してモノを言いにくい雰囲気がある。
・生徒の声に耳を傾けた上で、問題点の抽出・原因の特定・対策の決定をするという、話し合いの場がない。
・事故が起きても、保身に走る管理職(校長など)は事故の隠ぺいに走りやすい。現場の教師も上司の御機嫌取りを最優先に考え、事実と異なる嘘の報告をすることが多い。
・その他・・・?

 事故のニュース、教師や教育行政に関わる人たちの意見を聞いても、組体操の実態をつかみにくいと思います。

 そこで、組体操の崩壊事故で重傷を負った生徒が、馳文部科学大臣に宛てた手紙を紹介いたします。

引用元リンク:
「先生が、絆なんだよ!伝統なんだよ!と言っていた」組体操事故の被害生徒が馳文科相に怒りの手紙

引用始め
**********************
はじめまして。突然のお手紙ですみません。
私は2014年5月12日(月) 小学校6年生の体育の授業で運動会で行う組み体操の4段タワーの練習をしていました。
先生が 絆だから!絆なんだよ! これは●小学校の伝統なんだよ! と言っていました。
しかし練習中に事故が起きました。
私は4段タワーの最下段で四つん這いになっていました。上から2段目と最上階が一緒に立ち上がろうとした時、3段目も一緒にバランスを崩しタワーが崩壊して私の体に上からドワーっと落ちてきました。
急に体にものすごい重圧がかかってきてその時死ぬかと思いました。すっごく怖かったです。
体を動かす事が出来なくて力が入らなくて、今までに感じた事のない痛みが全身にきて息をするのも辛かったです。私は悲鳴をあげてしまいました。あの時の恐怖は今も覚えています。
私は左手首靱帯損傷、左肘の脱臼、骨折をしました。
手術室に入る前の不安や恐怖から大泣きしました。手術が終わって説明出来ないくらいの痛みがきました。そんな痛みをもう誰にもさせたくないです。あの苦しみや痛みをこれ以上誰かがしなくてすむようにして下さい。
生まれて初めての手術と入院、痛みや不安や恐怖。事故の場所から私や家族の人生も変わってしまいました。受験を予定していましたが、それも出来る状態ではなくなりました。
小学校生活、最後の楽しい思い出つくりは何もありませんでした。
音楽鑑賞会、ミュージカル、遠足、修学旅行、プール、バレーボール…。全て失いました。
たくさんの普通に出来ていた事が出来なくなる苦しみがわかりますか?!
食事や着替え、トイレやお風呂、鉛筆を持ってノートに書く、消しゴムで消す事が出来ない。
普通に毎日やっていた事が授業が生活が出来なくなる苦しみがわかりますか?!
卒業までに3回の手術をしました。母が卒業証書は右手だけで受け取れるようにと一緒に練習してくれました。本当に辛い毎日でした。
でも、あの時、事故にあったのが私だけでよかった。と思いました。
今も、いつくるかわからない痛みにたえる日々を過ごしています。傷も一生残ります。母に五体満足に生んでもらったのにひどいです。
事故の時、体育館で担任の先生や校長先生につかれた嘘。信じられません。
体育館の床に倒れたまま聞きたくなかったです。
そこまで事故を隠し守ってでもやる組み体操の意味は何ですか?
やる意味は伝統という言い訳だけだと思います。
学校で守るのは私達子供の命だと思います。
事故の数だけ子供達被害者がいます。これ以上被害者を増やさないで下さい。
学校は同じ過ちを繰り返さないでほしい。
無責任な対応をしてきたから、たくさんの被害者が出ました。その被害者の数だけ未来を将来の夢やたくさんの可能性を学校の先生が私たちからうばってきたわけです。
一人でも事故がおきたら国が直ぐ危険な事です。と、対応をしてくれていたらと残念におもいます。
組み体操を続けるならこれからは責任を国がとってくれるのですか?
無責任な検討はしないで下さい。組み体操は学校でやらなくていいことなので種目を変えて下さい。
行進なら日本体育大学の人たちもやっていてすごいです。
中学入学前、中学の校長先生から「体育の授業で実技はやらないと点数は0点です。」と言われました。酷いです。
私だってやりたくても出来ないのに…。
時間を元に戻してほしい!
私の心の傷と体の傷は一生もって生きていきます。
この国は私達子供に対してこれからも酷い国でありつづけるのでしょうか?
今の日本は思いやりのない国だと思います。
**********************
引用終わり

 上で紹介した手紙を書いた生徒にとっては、組体操は恐怖の「伝統」であり、教師や学校への不信感により、「絆」は完全に崩壊していることが分かります。

 戦前の暗黒時代への回帰願望が強い安倍政権で文部科学大臣を務める馳氏はどのような返事を生徒にするのでしょうか?「現場情報の提供に感謝します。早急に対策を行います」という回答を期待しない方がいいと思います。

 現状を変えたかったら、自分の身を守りたかったら、この生徒のように、関係者一人一人が声を上げ、行動するしかありません。黙って我慢するだけでは何も変わりません。上の人が考えて、そのうち良い方向に導いてくれることはありません。

 失敗から学習する能力や自浄能力が無いのは、学校組織に限ったことではありません。日本社会に蔓延している病気です。日本人はお任せ民主主義の悪習から、そろそろ卒業すべきだと思います。

以上

Pocket

【世界の潮流】学費は原則無料でなければならない理由を考えてみました。

Pocket

図(大学の初年度に支払う学費の国際比較) 出典:togetter.com
図(大学の初年度に支払う学費の国際比較) 出典:togetter.com

 日本の大学の学費は、国際的に見て異常な高さです。学費は原則無料が世界の潮流であり、正しい考え方です。なせ学費は無料でなければならないのか?今回はその理由を考えてみます。

 まず、高い学費が引き起こす弊害を述べます。

1)生まれ育った家庭の経済力により、受けられる教育の機会が規定されてしまう。
 家庭の経済力などは子供には責任がありません。生活保護を受けている貧困家庭であっても、本人に能力とやる気が備わっているならば、大学や大学院への進学を自然に選択できるようにすべきです。最近の学費高騰をみていると、「貧乏人は大学に行かなくていい」と言わんばかりです。大学はお金持ちだけが行くところではありません。

2)奨学金という名のローンを若者に背負わせる。
 大学を卒業し社会に出た時に多額の借金を背負っていると、収入が不安定な場合、返済が滞って金融機関のブラックリストに載ってしまう可能性があります。親が裕福な人は借金を背負わずに社会人としてスタートすることができます。すごく不公平ですね。

ここで、日本国憲法の第14条第1項を確認しましょう。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 経済的に恵まれない家庭の子供だという理由で、学ぶチャンスを奪ったり、不当な借金を背負わせてはいけません。日本で長年放置されてきた学費高騰がすべての元凶です。憲法に書かれている人間平等の原則に反している状態です。

 政治家は、憲法の理念を実現するために、法律を含めた社会制度を整える義務があります。上記1)、2)の不平等・不公平を解消するには、学費を無料にすることが有効です。だから、学費は無料でなければならないのです。
 
 しかし、現在の安倍政権がやっていることは真逆です。学費の値上げや教育関連支出の削減によって、社会的格差が固定されつつあります。軍事予算や海外へのバラマキには何の躊躇もないのに、教育関連に対する支出はとっても渋ります。なぜでしょうか?以下に理由を考えました。


 学費を無料にすると、努力次第で誰でもチャンスをつかむことができてしまう。そうすると、既得権益層の立場が危うくなる可能性があるので、それを恐れている。世襲議員が多数派を占める自民党議員が考えそうなことです。


 安保法制が成立したことにより、戦争に巻き込まれることを恐れた自衛官の退職が相次いでいます。当たり前の現象です。このままでは人員不足に陥ることは目に見えているので、若者を補充しなければなりません。しかし、危険なことは皆避けるので普通に募集したのでは人が集まらない。そこで、多数の若者に合法的に多額の借金を負わせて、生活が困窮するように持っていき、金銭条件が魅力的な自衛官募集広告を出す、という訳です。いわゆる経済的徴兵制により、いつでも兵士を補充できるようにしておきたいんですね。

 経済的徴兵制の定義(以下、ウィキペディア)

「軍人が特に魅力的な職業とは見られない国の場合、志願制度では軍隊の補充の問題が避けられない。一方、国の一部に経済的に貧しい地域、または経済的な発展から取り残された地域がある場合、仕事も金も技術も学歴もないその地域の人々にとって、基本の衣食住や兵役中の高い金銭的報酬に加えて資格の取得や高等教育を受ける際の奨学金など退役後のキャリアパスまで保証される軍人という職業は逆に魅力的な選択肢に映る。
貧困地域では経済的理由で高等教育が受けられず、そのために専門知識や学歴が必須とされるような賃金の高い仕事に就けない結果となり、貧困が再生産されている。このような状況から抜け出すため、真に自発的な意思ではなく兵役に志願せざるを得ない状況があることを知りながら、政府がこの経済格差を是正しないばかりか、むしろこの状況を放置し利用することで新兵をリクルートしている実態がある。経済的弱者が兵役を強いられるこの状況を事実上の徴兵制とみなし、非難する意味合いを込めて「経済的徴兵制」と呼ぶ。」

 家庭の経済状況に関係なく、若者が将来に希望を持てるようにしなければなりません。やる気と能力があれば、誰でも大学教育を無料で受けられる社会にしなければならないと思います。

以上

Pocket

【世界の非常識】日本の高すぎる教育費を是正すべし!

Pocket

悩む女性

 日本の大学の学費は高いですね。親が裕福でないと子供の学費を全額払うことなど出来ませんね。そのため、奨学金制度を利用する学生が増えています。しかし、利子付で返さないといけないケースがほとんどなので、まともに就職できないと返済できず金融機関のブラックリストに載ってしまうケースが多いようです。

 「大学の学費が高いのは仕方ないし、多額のお金を個人の努力で工面するのは当然だ。借りた金を返済できないのは自己責任だ。」と考えている人が多いみたいですが、しかしこれは世界的に見ると異常なことです。諸外国、特に先進国では、学校の授業料は大学も含めて負担を軽くする方向で動いています。例えばドイツでは大学の学費は原則無料です。住居費も安いので、学生はちょっとしたアルバイトをすれば生活費を自分で賄いながら大学に通えるのです。日本の状況が異常なのです。学生相手にローンの商売をする人たちの神経を疑います。

出典:赤旗
出典:赤旗

 日本では特に医学部の学費が高いですが、親が医者でなければ医者になる道がほとんど閉ざされるというのは不健全な状態です。能力と意思がある者に対しては門戸が開かれるべきです。親の経済状態が子供の学歴に影響する状態を放置してはいけません。子供は親の経済状態に対して責任はありません。格差が固定化すると社会が衰退する原因になります。

 大学の学費が高い現状を何とかしなければなりません。

 税金の無駄遣いをやめて、その分を教育分野に回せばいいのですが、なかなかそのような動きが生まれません。日本の政治家にとって教育問題は票にならない、というのが原因です。「大学の学費は無料なのが当たり前だ。多額のお金を個人で工面するなんて異常だ。意思と能力のある者が安心して教育を受けられるように政治家は動くべきだ。」と考える国民が増えれば良い方向に教育政策が動くと思います。教育環境を良くするも悪くするも有権者の意識と投票行動次第です。

 山本太郎議員の下記YouTubeビデオが参考になりますのでご覧ください。

山本太郎が高校生100人を前にして、子供の夢をブっ壊す演説を行ったと話題の動画!2015/8/4(12分36秒)

 このビデオの中で、集まった高校生たちはラッキーだったと思います。社会に対して問題意識を持つきっかけを山本太郎さんから提供してもらえたのですから。

 権力者から詐取される理不尽な状況を当たり前と思い、我慢するだけの日本人。自分の頭で考えずに、何となく雰囲気に流されてしまう日本人。多くの日本人は自発的隷従という病にかかっています。

自発的隷従が蔓延し劣化が進む日本】権力者の暴力よりも「善人」の沈黙の方が恐ろしいという話

 国民の多くが現状に対する問題意識を持ち、具体的な投票行動を起こさないと、暮らし易い社会の実現は不可能です。

以上

Pocket