例えば、津波は「tsunami」という英語になっています。このように、元々日本語でありながら英語としても認められた言葉は一体どのくらいあるのでしょうか?放送大学准教授の井口篤氏によると400個以上存在するそうです。(注1) 「え!、そんなにたくさん!?」、というのが私の正直な感想です。
注1)「英語の軌跡をたどる旅 – The Adventure of Englishを読む」井口篤/寺澤盾著 (放送大学教育振興会) 170ページ参照
日本語が英語化しているという事実は、私たち日本人にとってどんな意味を持つのでしょうか?私の考えを以下に示します。
①日本語をローマ字化しているので覚えるのが楽である。
②日本語として使う時と英語として使う時で発音が異なるので、事前に辞書などで確認する必要がある。「tsu-na-mi」では真ん中の「na」にアクセントが置かれています。
③英語圏の人たちに対して使えば、そのまま意味が通じる可能性が高い。残念ながら通じない場合は、英英辞典のように判り易く説明してあげる必要がある。
④国際交流とは外国文化を一方的に受け入れるだではなく、日本の事を世界に発信することでもある、と再認識できる。
⑤その他?
よく観察してみると英字新聞だけではなく、洋画DVDの中でも日本語を借用した英語が散見されます。この記事では、以下の借用語について説明していきます。
1)津波=「tsunami」
2)豆腐=「tofu」
3)改善=「kaizen」
4)過労死=「karoshi」
5)腹切り=「hara-kiri」
6)神風=「kamikaze」
1)津波=「tsunami」
2011年3月11日の東日本大震災発生以降、「tsunami」という単語を英字新聞の記事でよく見かけるようになりました。一例として、The Japan Times の2013年3月15日付記事からの抜粋を示します。
「The tsunami that ravaged Tohoku in March 2011 swept some 5 million metric tons of shattered buildings, cars, household goods and other rubble into the sea.」
私が初めて「tsunami」という単語を見たとき、文脈から日本語の「津波」だなと理解し、特に疑問にも感じませんでした。しかし、その後あまりにもたくさん「tsunami」という単語を目にしたため、「tsunami」だけで英語圏の人たちに通用することに気が付いたのです。Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)で調べると、次のように「tsunami」の意味が記載されていました。
「(from Japanese) an extremely large wave in the sea caused, for example, by an earthquake」
権威ある英英辞典に載っているということは、英語圏の人たちに立派な英単語として認知されているということになります。英語圏のある一定以上の割合の人たちに長い時間使用され続けてきたとも解釈できます。「津波」という自然現象は日本固有のものではありませんが、「津波」という言葉は日本語であり、学術分野を含めて世界へ発信し続けた結果、広く認知されるに至ったと考えられます。
2)豆腐=「tofu」
「豆腐」は日本の伝統的な健康食品であり、調理方法も多彩です。我々日本人の生活にすっかり根付いていますが、アジア・アメリカ・ヨーロッパなど、世界的に見ても広く親しまれているようです。
「豆腐」が欧米に受け入れられるようになった経緯が日本豆腐協会のホームページに書かれています。少し長いですが、以下に引用します。
引用始め
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豆腐が欧米で広く使われるようになってきた理由は、健康食品として注目を浴びたからです。特にアメリカでは、以前から肉の食べ過ぎによる肥満、動脈硬化、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病が増加。その対策として、食生活の改善が必要だと言われるようになりました。70年代の後半には、アメリカ上院議会が「健康を守るには日本食がよいモデルになる」とリポート。それをきっかけとして、アメリカで日本食ブームが巻き起こりました。
日本の食材の中でも、欧米の人たちに受け入れられたのは豆腐でした。それは、豆腐の味にはクセがないために、新しい食材として受け入れやすかったからではないでしょうか。
はじめの頃は、主に菜食主義者や環境問題に興味を持つ人たちの間で、豆腐が食べられていました。しかし、アメリカ人の健康に対する意識が高まるにつれて、健康にいい食材としての豆腐の存在が知られるようになり、次第に需要が伸びていきました。
とは言っても、豆腐はまだ料理店で食べる特別なものでした。その状況を変えたのは、『ザ・ブック・オフ・トーフ』という本です。豆腐についての解説と、料理法を紹介したこの本がベストセラーになったことで、ほとんどのスーパーに豆腐が置かれるようになったのです。
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引用終わり
上記の引用文によると、現代のアメリカでも「豆腐」は食材としてしっかりと認知されているようです。実際に、ローマ字化された「tofu」は英英辞典にも載っています。Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)によると次のように解説されていました。
「a soft white substance that is made from soya and used in cooking, often instead of meat」
これ以外にも、アメリカ社会の中に「tofu」がすっかり根付いていることを示す事例を最近見つけました。私が英語学習に使っていた洋画ドラマDVDの一場面を紹介します。「DESPERATE HOUSEWIVES」SEASON 5 episode3 (abc studios) からの引用です。ブリー(Bree)という女性とその娘ダニエル(Danielle)が、ダニエルの息子ベンジャミン(Benjamin)の食事内容などについて議論しています。
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ブリー:
So, Danielle, what would you like me to make as a side dish for your “welcome home”party?(ダニエル あなたたちの歓迎パーティ サイドディッシュは何を作りましょうか?)I can do anything, so long as it complements beef tenderloin.(何でもいいわよ テンダーロインステーキに合うものであれば)
ダニエル:
Actually, we don’t eat meat. We’re vegetarians.(ごめん、ベジタリアンだからお肉ダメなの)
ブリー:
Excuse me?(何ですって?)
ダニエル:
So is Benjamin.(ベンジャミンもよ)
ブリー:
Well, since when?(あら、そう。いつから?)
ダニエル:
Since I realized that meat was a by-product of murder.(お肉が虐殺の副産物だって分かってから)
ブリー:
Would it be more acceptable if I shopped for a suicidal pork loin? (じゃあ、自殺した豚のロース探してきたら食べてくれる?)
オーソン(ブリーの夫)
Bree, it’s no big deal. I’ll just make a nice risotto.(ブリー、いいじゃない。僕がリゾット作るから)
ブリー:
This isn’t about dinner. This is about her nutty liberal politics getting in the way of our grandson’s nutrition.(夕食の話じゃない。バカげたリベラル志向は私たちの孫の発育に響くってこと)
ダニエル:
He gets all the protein he needs from cheese and beans and tofu.(タンパク質ならちゃんと摂ってます。チーズや豆や豆腐で)
ブリー:
Well, this isn’t just about nutrition. Do you want him to be teased at school every time he pulls tofu out of his lunchbox?(問題は栄養だけじゃないでしょ?学校で毎日からかわれるわよ。お豆腐がランチボックスから出てきたら。)
レオ(ダニエルの夫):
Actually, that won’t be an issue. Danielle is home-schooling him.(うちはそういう心配はありません。自宅学習なので。)
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あまり和やかな会話ではないようですが、アメリカ社会の中で「tofu」という英単語が日常的にごく普通に用いられている、ということは理解できます。
「豆腐」は日本語ですが、「tofu」は英語です。外国人に対しては「ト-ウ-フ」の「ト」にアクセントを置いて発音すれば通じるはずです。残念ながら「tofu」をご存じない人に対しては親切に説明してあげましょう。
3)改善=「kaizen」
漢字の「改善」は一般的に使われていますが、カタカナで「カイゼン」と書くと製造業における活動を示します。「カイゼン」は主に次の3項目から成ります。
a)安全の確保
作業者が怪我をしない環境やシステムをつくること。
b)コストの削減
費用や時間の無駄を無くすこと。
c)製品品質の向上
製品が故障してクレームにならないように品質の安定性を向上させること。
そして、上記の各項目について次のようなサイクルを回していきます。
①問題の内容を確認する
↓
②問題が発生したの原因を突き止める。
↓
➂問題の解決方法を検討し、決める
↓
④問題解決のための行動をする。
↓
⑤行動が問題解決に役立ったかチェックする。
↓
⑥ 再び①に戻る。
上記のサイクルは1、2回で終わりではなく、永遠に継続させねばなりません。上司から言われてから動くのではなく、現場の作業担当者が自主的に取り組むのが大きな特徴です。「カイゼン」活動は自動車メーカーのトヨタが本家本元ですが、今ではどの業界の製造業でも常識になっています。
ご存知の通り、現在では企業の海外進出が進んでいます。海外に工場が建てられると現地に住む人たちが雇われます。日本からその海外工場に派遣された監督者は、この「カイゼン」活動の考え方を徹底的に指導します。今や、英語圏も含めて世界中の国で「カイゼン」活動が毎日行われていますが、この活動を意味する英単語が存在しなかったためにローマ字化した「kaizen」が新しい英単語になったわけです。
実際、「kaizen」という言葉は英英辞典に載っています。Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)では次のように解説されています。
「the practice of continuously improving the way in which a company operates」
・Kaizen is practiced in many industries.
・kaizen training
・Companies that adopt kaizen can boost their productivity by as much as 30%.
また、The Washington Postの2013年9月18日付の経済記事には、下記のような記述があります。(記事見出し「Eiji Toyoda, who made Toyota an industry giant, dies at 100」)
「The Corolla, introduced in 1966, became the best-selling car of all time. Mr. Toyoda stressed the importance of manufacturing concepts that became central to Toyota’s production methods, such as “kaizen,” or continuous improvement, and “jidoka,” the use of machines that shut down when irregularities are detected.」
「kaizen」は、日本社会の価値観・考え方・習慣が世界中に認められている一例だと思います。日本の生産技術力が世界のトップレベルにあることを証明している、とも言えます。製造業以外の人たちには余り馴染みが無い言葉かもしれませんが、もし、外国人に説明する時は「ka-i-ze-n」の「ze」にアクセントを置いて発音してください。
4)過労死=「karoshi」
私は長年サラリーマンをしておりますので、組織の中で人に使われることの悲哀を理解しているつもりです。悲哀を感じる程度で済むのであれば、まだ恵まれているのかもしれません。職場での「過労死」がニュースなどで頻繁に報じられると、この国は一体どうなっているんだ、と思ってしまいます。取り返しのつかない「過労死」が発生した会社では、管理職や経営者は自分の身を守るだけで手一杯だったのかもしれません。しかし、遺族の心の傷に塩をすり込むような見苦しい言い訳を並べている姿は見るに堪えません。
ここでは、「過労死」の現象、原因、対策、社会的・心理学的背景などを詳しく述べません。しかし、「過労死」があまりにも世界的に有名になったために「karoshi」という英語が生まれてしまったことは指摘したいと思います。
「karoshi」が初めてOxford 辞書に登録されたのは2002年だそうです。英語としての歴史は長いとは言えません。
Oxford English Dictionary Online によると、次のように定義されています。
”death brought on by overwork or job-related exhaustion” – a reflection of the strains imposed by Japan’s strong work ethic.
ちなみに私の手元にあるOxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)には載っていませんでした。
Washingtopost:2008年7月13日付の記事では、「Japan’s Killer Work Ethic」と題して次のような文章が書かれています。
「TOKYO — Death from too much work is so commonplace in Japan that there is a word for it — karoshi.
There is a national karoshi hotline, a karoshi self-help book and a law that funnels money to the widow and children of a salaryman (it’s almost always a man) who works himself into an early karoshi for the good of his company. 」
「過労死」を意味する単語は、英語圏には元々無かったのでしょうか?もしあれば、それが使われている筈ですから、きっと無いんですね。日本でよく見られる異常現象として外国人は認識しており、それを一つの単語で表す必要に迫られたんですね。しかし、どうしても既存の英単語の中では見当たらない。そこで仕方なく、「過労死」をローマ字にした「karoshi」を英単語として使うようになったのでしょう。
日本語が英語に借用されるケースは好ましいものばかりではありません。「karoshi」は明らかに不名誉なことです。しかし、私たち日本人が努力をして「karoshi」という悲劇を根絶すれば、いずれ死語となり英語の辞書からも消える日が来るかもしれません。逆に現状をこのまま放置すれば、どの英語辞書でも必ず掲載されるほど有名な英単語になってしまう可能性もあります。
今後「karoshi」以外に、次のような新しい英単語が生まれることが無いよう祈るばかりです。
「black-corporation」(ブラック企業)
↓
「companies who intentionally or knowingly ignore labor laws and/or drive their workers hard by harassment or other aggressive means」注2)
注2)「Japan Press Weekly」2013年6月28日付の労働関係記事 タイトル「8 companies nominated for ‘Black Corporation’ of the Year Award 」から引用。
5)腹切り=「hara-kiri」
昔、テレビで時代劇を見ていた時、「市中引き回しの上、打ち首獄門」という刑が宣告される場面を見たことがあります。テレビ番組は刑の宣告で一件落着し終わりになります。しかし、実際の刑の内容は下記のように随分と残酷だったようです。
・首を切り落とされた後、その首は3日間位さらし物にされ、その後捨てられる。
・首より下の胴体は、刀の試し切りに使用される。
・埋葬や葬式を行うことは許されない。
・財産は没収される。
しかし、同じ死刑でも名誉を重んじた手段も存在しました。いわゆる「切腹」「腹切り」は「hara-kiri」という英語になっています。
手元にあるOxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)によると、次のように説明されています。
「(from Japanese) an act of killing yourself by cutting open your stomach with a sword, performed especially by the samurai in Japan in the past, to avoid losing honour」
「ha-ra-ki-ri」ではなく、「he-ra-ke-ri」と発音しています。アクセントは「ke」に置かれています。
長い時間苦しませないように介錯人が付くものの、自分で自分の腹を切る一種の自殺です。しかし、冒頭の「獄門」と違って手厚く葬られます。(忠臣蔵の赤穂浪士は全員切腹を命じられましたが、高輪泉岳寺に埋葬されています。)
現在では「hara-kiri」という死刑制度もありませんし、自分で自分の腹を切る人の話もめったに聞きません。日本人の日常生活の中では殆ど使用されない言葉ですし、せいぜい時代劇で見聞きするくらいです。このように昔と比べて使用頻度がかなり少なくなった日本語が、なぜ英単語として使われているのでしょうか?
英英辞典に取り込まざるを得ない理由は、「hara-kiri」という言葉の意味を調べたがる外国人がたくさんいるからではないでしょうか。では、外国人が「hara-kiri」という言葉に出会うのはどんな場所でしょうか?
2012年12月29日付のThe Washington PostのOpinion欄に「The worst year in Washington: The tea party」というタイトルで記事が掲載されており、その中に下記のような文章があります。
「He never got a chance to see that vision realized, because of a bit of political hara-kiri he committed in a late-October debate with Democratic Rep. Joe Donnelly. Asked about abortion, Mourdock paused, then said that “even when life begins in that horrible situation of rape, that is something that God intended to happen.”」
上の記事では、「hara-kiri」=「suicide」(自殺)と同じ意味で使われていますね。
また、日本の文化・歴史・習慣を学ぶ外国人が増えたことも、英語化された原因のひとつだと思います。例えば、日本の時代劇は日本独特の習俗と共に、テレビや映画を通して広く英語で紹介されています。
昔の日本で「hara-kiri」をする理由はいろいろあったようです。例えば・・・
・自身や臣下の責任をとり、自身の命と引き換えに家の存続を保つため。
・生きて辱めを受けるくらいなら、その前に自分で自分の命を絶つ。
・主君が臣下に責任をなすりつけて切腹させる。
・主君に抗議する意味での切腹。
・尊敬する主君の後を追っての切腹
・その他・・・
上記の理由があれば、腹に短刀を突き立てた時の痛みや死ぬことの恐怖を乗り越えられるのでしょうか?私の想像力を超えていますが、精神的にも重みがある行いは時代や国を超えて人々の記憶に残り続けるようです。
6)神風=「kamikaze」
第二次世界大戦中に敵の艦隊に飛行機ごと突っ込んでいった神風特攻隊を称賛する人たちは安倍総理を始め極右反動政治家の中にたくさんいます。亡くなった隊員たちの遺書を読んで、「素晴らしい!尊敬する。国家の英雄だ。」という素直な感想を抱く若者が結構いるそうです。
しかし、実際に神風特攻隊に所属し生き残った元隊員の人たちに訊くと事実は異なるようです。2014年4月30日付の朝日新聞に「特攻、伝わらぬ実像」というタイトルの記事がありますが、要点を下に記します。
「志願ではなく強制だ。特攻隊員に選ばれて失神する者もいた。逃げ出して憲兵につかまり自殺する者もいた。逃げても地獄だし、言われたとおり突っ込んでも地獄。これが特攻の現実だ。お国への忠誠心などは後世の人間によるでっち上げだ。暗黒の戦前・戦中を美化しないで欲しい。」
私個人としても、「お国のために尽くしたいという気持ちから喜んで命を差し出した勇敢なパイロットたち」という設定にはかなり無理があると感じています。
では、海外の人たちは神風特攻隊をどのように受け止めているのでしょうか?「神風」はかなり有名な言葉になってしまったので英語化されています。
Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第8版(オックスフォード大学出版局)によると、「kamikaze」は次のように説明されています。
「(from Japanese) used to describe the way soldiers attack the enemy ,knowing that they too will be killed.」
「ka-mi-ka-ze」ではなく、「ka-mi-ka-zi」と発音しています。アクセントは二つの「ka」に置かれています。
「kamikaze」という単語は良い意味では使われていません。「suicidal」と同義語で使われていますね。同じ辞書の例文には「He made a kamikaze run across three lanes of traffic.」(3車線の道路を横切るという自殺行為を彼は行った)、と書かれています。普通ならば絶対に行わない異常な行為ということですね。
「神風〜」という言葉を聞いて良いイメージを抱くのは日本人の一部だけでしょう。少なくとも英語圏の人たちは「神風特攻隊」を尊敬していませんし、見習いたいとも思っていません。その逆で反面教師にしているのですね。同じく英語になってしまった「karoshi」(過労死)と共に、「kamikaze」(神風)についても我々日本人は真剣に反省し、再発防止を考えなければならないと思います。
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以上