1940年代、敗色濃厚のフィリピン戦線では、作戦といえるようなものは無く、指揮命令系統も崩壊していた。国家から見捨てられた旧日本軍の兵隊たちには補給もなく、食料は現地で自力で調達するしかなかった。アメリカ軍の攻撃、過酷な自然環境、そして飢えに苦しみ、正気を失っていく。
作家の大岡昇平氏が、自身の戦争体験を元に著した小説「野火」を学生時代に読んだことがあるが、餓死から逃れるために人肉を食らう様子が衝撃的で、強く記憶に残っている。
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小説の映画版も最近見てみたが、末端の兵隊たちが戦地で苦しむ様子がよく描かれている。というよりも、描かれているのは、極限状態で苦しむ人間の姿だけである。
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小説も映画も事実を元に描かれているが、見ていて救われる場面が全く無い。戦後70年以上が経過して戦争体験者や語り部が少なくなり、戦争の悲惨さを後世に伝えることが課題だと言われているが、大岡昇平氏の著作はその意味でも貴重であるといえる。
組織の末端で、戦場で苦しみ犠牲になった者たちの視点は確かである。国家権力は教育勅語などで国民を洗脳し、抵抗できない雰囲気を作り出し、徴兵を行い戦地へ送り込む。しかし、上層部の意思決定はいい加減・無責任で、状況が不利になれば末端の人間などは簡単に見捨てるのである。飢餓などで犬死させられても、独裁権力者は責任を取ることがない。この体質は、戦後70年以上が経過しても変わることがない。国民自ら権力者の責任を追及し断罪しなければ、過ちは繰り返されるのである。
太平洋戦争における日本人の死者は、厚生労働省の推計によると約310万人である。そのうち、約240万人が海外で亡くなったが、帰還した遺骨は127万体に留まる。帰還した遺骨のうちの多くは戦友会や遺族などの民間活動によるものであり、政府事業によるものは約34万体に過ぎない。未収用の遺骨は約113万体にも及ぶ。これは、驚くべき事実ではないか?
2016年8月11日付の現代ビジネス記事(下記リンク先)には、世界の地域別遺骨未収用数が示されている。
「113万体」世界に眠る戦没者の遺骨をどうするのかという、この国の宿題
引用:
「中国(23万)▽インド(1万)▽ミャンマー・タイ・マレーシアなど(4万6000)▽フィリピン(37万)▽インドネシア・北ボルネオ(2万5000)▽中部太平洋(17万)▽ビスマーク・ソロモン諸島(6万)▽ロシア・モンゴル(3万)▽北朝鮮など(5万)。」
自衛隊が常駐している東京都小笠原村硫黄島ですら、依然として1万体以上が放置されている。
意外に思うかもしれないが、遺骨収集は国家の責任で行うという根拠法が戦後70年近く存在していなかったのが大きな原因だ。歴代自民党政権は、遺骨収集に幕引きを図ることばかりに熱心であった。戦争で亡くなった人たちの遺骨を帰還させるための超党派議員立法「戦没者遺骨収集推進法案」が可決したのは、2016年3月24日である。2024年までに集中実施することになっているが、遅きに失したと言わざるを得ない。
上記の事実は、独裁権力者・政府は必ず国民を見捨てることを示している。美辞麗句を並べてダマし、生命財産を搾取することには熱心だが、結果には責任を取らないのである。日本の国民に対してすら冷淡なのだから、侵略戦争で殺した千数百万人のアジア諸国民に無関心なのは当然である。搾取する側の政治権力者の背後には、財閥系企業(三井・三菱・住友・安田など)が存在し、暴利を貪っていたことも忘れてはならない。
権力者の棄民政策は、戦後、様々な分野で無数に繰り返されてきた。公害、薬害、福島原発事故・・・。権力者は何度でもダマし、何度でも失敗し、何度でも見捨てるのである。国民が政治的に無関心で、大人しい子羊集団である限り、権力側の高笑いが止まることは無いだろう。
以上