【貧富の格差と蝕まれる健康】現代社会の問題を鋭く描写する印象的な絵を紹介

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 Steve Cuttsというイラストレーターは、現代社会の暗部を印象的な絵で表現しています。

 表現しているのは、人間の強欲さ、環境破壊、ジャンクフードなど、様々な分野に及びます。具体的には、下記リンク先をご覧ください。

This Artwork Is Probably The Most Accurate (And Scary) Portrayal Of Modern Life We’ve Ever Seen

 この絵の中で印象に残ったものを2個紹介します。

1)

絵(富裕層と搾取される者)
絵(富裕層と搾取される者)

 皆さんは、この絵の中のどちら側ですか?多分、99%以上は、下の搾取される側だと思います。搾取されているという自覚が無いので、現状が変わらないのです。

「アベノミクスは第二のステージに入った」
「アベノミクスの恩恵が全国に行き渡るように・・・」

 こんな戯言をずっと信じ続けている庶民が大多数なのには驚かされます。悪徳経営者側と結託した御用労働組合に疑問を持たないサラリーマンがほとんどなのには、絶望感すら覚えます。

 選挙も含めた自分の権利を最大限活用し、日々の生活の中で交渉し自己主張することなしに、暮らしやすい社会が実現することはあり得ないのです。我慢して待っているだけでは現状は絶対に変わりません。むしろ悪化します。

 お任せ民主主義という病理が蔓延した日本では、次のような「果実」がもたらされています。

・実質可処分所得が1985年ごろのレベルにまで低下した。
・家計貯蓄率がマイナスになった。
・非正規社員の割合が4割に達した。
・年収200万円以下のワーキングプアが1100万人を超えた。
・法人税の減税のために上昇する消費税率
・貧困率の増加
・生活保護を受け取るべき人のうち、実際に受け取っている人の割合(捕捉率)が2割以下。

 金満悪徳富裕層(財界)と彼らに利用される政治家に押しつぶれ、文句も言わずに大人しく死んでいく、という選択をするつもりなのでしょうか?

2)

絵(現代人の不健康な生活)
絵(現代人の不健康な生活)

 このグロテスクな絵からは、次のことが読み取れます。

・生活が便利になり、体を動かすことが少なくなり、肥満が激増した。
・ジャンクフードが溢れ、主食と化している。
・薬漬けで、医者・製薬メーカーの餌食になっている。

 科学技術のおかげで人間の生活に「革命」がもたらされた、という皮肉が込められています。

 ジャンクフードは、遺伝子組み換え作物も含めて毒物まみれです。病院や医者を絶対視する人たちが多く、手術偏重・過剰投薬を疑問にも思いません。数字上の平均寿命が増えても健康寿命が増えなければ嬉しくありません。生活の便利さに溺れれば、人間の感情や自然の尊さを理解できなくなり、判断を誤ります。

 このグロテスクな絵は、現代人の生活をかなり誇張して描いています。しかし、この絵で表現される要素と全く無縁だと言い切れる人は、ほとんどいないのではないでしょうか。これ以上エスカレートさせないための、または生活改善のための警告として受け止めるべきでしょう。

以上

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【相模原の障がい者大量殺害事件】被害者たちの実名を報道しないのはナゼか?

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写真(津久井やまゆり園での事件を取材する記者たち)
写真(津久井やまゆり園での事件を取材する記者たち)

 2016年7月26日に神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起こった大量殺害事件については、様々な報道がされている。しかし、容疑者個人の特殊性や措置入院制度の運用など、事件を矮小化するだけのものも多い。日本人や日本社会に潜む深刻な病巣、障がい者への差別意識という観点からのものはほとんどない。

 そんな中で私が違和感を持ったことの一つが、被害者たちの実名を一切報道していないということだ。2016年7月26日、神奈川県警の担当者は次のように述べている。

「実名報道が基本、ということは承知している。」
「遺族が氏名を出したくないという意見を持っている」
「被害者が障がい者であり、事件現場となった施設も特異なもの。家族の意思もあり、非公表という判断をした。」

 被害者の匿名報道自体がすべて悪という訳ではない。どうしても必要な場合もあろう。今回は、遺族の意思を尊重し、マスコミは一様に実名報道を控えている。殺人事件の被害者の場合は実名報道が基本なので、かなり異例な対応といえる。従来ならば、家族の意思などお構いなしに実名報道をしていたのに、今回は、なぜか匿名報道である。理由としては、上記警察の発表にもあるように、「被害者が障がい者であり、事件現場となった施設も特異なもの」だからである。

 つまり、被害者が健常者であり、障がい者がいない場所が事件現場であれば実名報道されていたのである。同じ被害者であっても、障がい者と健常者で扱いが違う。これは明らかに、根強い差別感情の表れではないか?

 次のような原則論が存在する。

「新聞記事の正確性・説得力を読者(視聴者)に伝えるためには実名報道が不可欠である」
「固有名詞を欠いた記述は後々の検証が極めて困難で、歴史、記録としての価値が損なわれている」

 障がい者という理由で匿名報道にするならば、障がい者の存在価値を認めていない、と受け取れる。警察の担当者、「協力」しているマスコミ、そして、それを素直に受け取る読者は、自分たちの無意識下に差別感情がないかどうか考えてみるべきだ。

 誠に残念だが、障がい者に対する差別は日本社会に厳然として存在する。しかも、人口のかなり多くの割合である。「自民党ネットサポーターズクラブ会員として愛国という視点から自らの意見を論理的に述べる」という副題が付いたブログで、「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」というタイトルの記事を見つけた。以下にリンクを貼る。

「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」

 上記リンク先の記事から一部を引用する。

引用始め
**********************
 考えてみてほしい。知的障害者を生かしていて何の得があるか?まともな仕事もできない、そもそも自分だけで生活することができない。もちろん愛国者であるはずがない。日本が普通の国になったとしても敵と戦うことができるわけがない。せいぜい自爆テロ要員としてしか使えないのではないだろうか?つまり平時においては金食い虫である。

 この施設では149人の障害者に対し、職員が164人もいる。これではいくら職員を薄給でき使わせたところで採算が取れるはずもない。そんな状況では国民の税金が無駄に使われるのがオチである。無駄な福祉費を使わなくて済ませることが国家に対する重大な貢献となる。だからこそ植松が言うように障害者はいなくなるべきなのである。
**********************
引用終わり

 このような暴論に賛同する者は、特に安倍政権の支持者に多い。この暴論は、自民党の憲法改正草案の骨格を成す人権否定思想と相通ずる。戦後70年以上経っても、日本社会の根本部分は何も進歩していないのではないか?

 日本では戦前・戦中、障がい者は抹殺されるべき対象であった。「障害者は足手まといになる」、「障害のある子供は有事の時に邪魔になるから殺せ」、「国家の米食い虫」、・・・数々の心無い暴言に晒されてきたのだ。この暗黒時代に回帰したがっている安倍政権を支持する有権者は、間違いなく障がい者たちを殺す側である。

 障がい者抹殺論にどうしても賛同してしまう人は、下リンク先の記事もぜひ参照してほしい。障がい者抹殺思想は、健常者自身の首をも絞めることにつながることが解るだろう。

【障がい者に冷たい社会:日本】愚劣な教育委員の暴言について考える。

最後に:
 殺された多数の障がい者たちを実名報道しないのは、良心に基づいた行動に見えてしまうかもしれない。こんなことに目くじらを立てる方がおかしい、と言う人もいるかもしれない。しかし、一見なんでもないことに、根深い差別感情が表れている場合があるのだ。差別は障がい者に対するものだけではない。病人・老人・女性・子供・性的マイノリティ・生活保護受給者・権力に従順でない者・・・・ いつのまにか自分が選別され殺される側にされないように、常に問題意識を高めておきたい。

以上

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【愚劣な権力者の崇拝は死を招く】障がい者大量殺害事件の容疑者と石原慎太郎に共通するものとは?

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 著名人だったり、社会的に責任が重い立場でありながら、無教養で傍若無人な暴言を繰り返す人間が跳梁跋扈している。その中でも、この男の暴言は、その頻度や内容の悪質さにおいて、他の追随を許さないだろう。

写真(靖国神社を参拝する石原慎太郎氏) 出典:不明
写真(靖国神社を参拝する石原慎太郎氏) 出典:不明

 石原慎太郎氏の暴言例を一つ挙げよう。

 1999年9月に東京都知事として府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)を視察した後の記者会見での発言。

「ああいう人ってのは人格あるのかね。ショックを受けた。ぼくは結論を出していない。みなさんどう思うかなと思って。 絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状態になって」
「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」

 上記の発言が問題発言として報道され、知的障害者団体から抗議されたが、石原氏は「文学者としての表現」だと意味不明な言い訳をしている。どんなに非難されても自説を曲げず、強気で反論する。自分の暴言が政治家としての辞職につながったことはないようだ。つまり、日本国民の多数派が彼の暴言に共感し、「強い」リーダーとしての姿勢に惹かれていたのである。この事実自体が、国際的な恥さらしである。

 さて、2016年7月26日に神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起こった大量殺害事件。植松聖容疑者が容疑者として逮捕されたが、植松容疑者とみられる男が大島理森衆院議長に渡そうとしていた手紙の詳細が公表された。2016年7月26日付の毎日新聞に掲載されている。

「衆院議長宛て手紙 全文」リンク

 上記リンク先から、一部を引用する。

「私は障害者総勢470名を抹殺することができます。」
「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。」
「障害者は不幸を作ることしかできません。」

 植松聖容疑者の主張は、石原慎太郎元東京都知事と本質的に同一だ。自分よりも立場が弱く、気に入らない人間を社会から抹殺してやる、ということなのだ。その一方で、自分より立場が強い人間に対しては卑屈である。「衆議院議長大島理森様」「安倍晋三様」などと、権力者に媚びを売りつつ、自己の正当化に励んでいる。卑怯で、臆病で、しかも視野狭窄だ。石原慎太郎氏と、何か違うところがあるなら教えて欲しい。

 石原慎太郎氏の暴言に心酔し、彼を支持してきた愚かな有権者が、日本社会の精神を腐敗・堕落させてきたことは紛れもない事実だ。「やはり、石原慎太郎のような人間が総理大臣にならないと日本は良くならない」と公言するファンは多い。私も、そういう人間を具体的に知っている。人を見る目が無いのである。

 日本社会の精神が腐敗・堕落した結果、悲惨な事件・事故が多数し、暮らし難い社会が実現してしまった。相模原の障がい者大量殺害事件は戦後最悪の規模と言われているが、起こるべくして起こった事件であろう。容疑者一人を血祭りにあげたり、対症療法的な対策だけを行っても駄目である。

 植松聖容疑者は大量殺害事件を起こす運命をもって、この世に生を受けたのではない。彼を大量殺人に駆り立てた大きな要因は、日本社会の病巣にある。容疑者の責任を厳しく問うと同時に、我々一人一人が、愚かな権力者を安易に崇拝していないか自省が必要だろう。

 下の人物は、石原慎太郎氏と強く共感し合っている。喜んで支持している人間は、特に注意が必要だ。石原氏と同じく、国際的な恥さらし人物である。

写真(橋下徹氏の問題発言)
写真(橋下徹氏の問題発言)

以上

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【ポケモンGO現象】スマートフォンの奴隷と化した人たち

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 Steve Cuttsというイラストレーターは、ロンドンを中心に活動していますが、現代社会の暗部を印象的な絵で表現しています。

 表現するジャンルは、人間の強欲さ、環境破壊、ジャンクフードなど、様々な分野に及びます。具体的には、下記リンク先をご覧ください。

This Artwork Is Probably The Most Accurate (And Scary) Portrayal Of Modern Life We’ve Ever Seen

 たくさんの絵の中でも特に印象に残ったのがこれです。

絵(スマートフォンの奴隷と化した人たち)
絵(スマートフォンの奴隷と化した人たち)

 まるで、ゾンビのようですね。スマートフォン中毒になった現代人を誇張して表現しています。

・思考力や感情を奪われている。
・主体性が無く、惰性で動いている。
・人間性を失っている。
・・・・

 コミュニケーション能力や連帯は期待できそうにありませんね。権力層にとっては操りやすいでしょう。

 最近、日本を含めて世界中で、似たような情景を目にするようになりました。

写真(ポケモンGOを楽しむ人たち:新宿御苑)
写真(ポケモンGOを楽しむ人たち:新宿御苑)

 ポケモンというキャラクターやゲームソフト自体に罪は無いでしょう。スマートフォンという電子機器の存在自体を否定する気もありません。問題は、それらを使う人間の側にあると思います。

 法律を守り、事故を起こさず、他人に迷惑をかけないならば、非難されるべきではないかもしれません。ポケモンGOをやっている人は、ある種の一体感を味わえて幸せなのかもしれません。

 しかし、ある種の違和感や不健全さを感じずにはいられません。仮想現実の世界との付き合いは程ほどにして、現実の人間や自然との交流を重視したいものです。

以上

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【東芝だけじゃない】日本中に蔓延する大企業病の実態とその対策について考える。

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 独裁者の異名を持つ経営トップでも、自分の会社が大企業病にかかっていないか心配することがあるらしい。しかし、大企業病がどのようなものか分かっていないことが多いようだ。以下に、大企業病と言われるものの様態を示す。

1)直言できる者が社内にいないので、トップが間違いに気付かない。
 本来トップに立つ人間は、誰よりも聞く耳を持っていなくてはならないのだが、自分にとって都合の悪いことを直視しないケースが多い。事実を把握しているのは下の立場の者なのだが、聞く耳を持ってない上役へ情報を上げることには抵抗がある。運良くトップ経営者が勝手に気付いてくれればいいが、知らぬまま間違った判断を行い、多大な経営資源を無駄にしてしまうことがある。

 お金で済めばいいのだが、死亡事故など、取り返しのつかない事態を引き起こすこともあある。聞く耳を持たないトップほど、結果責任を部下へ押し付け辞任を強要する傾向がある。健気に従順に奴隷サラリーマンを演じてきた報酬がポイ捨てでは、死んでも死にきれないだろう。

2)上役のご機嫌を伺いながら過ごすことが最優先事項になる。
 組織の中で独裁者のご機嫌を損なえば、組織から退場せざるを得なくなる。給料で飼い慣らされて他に生きるすべがない人にとっては死活問題だ。必然的に、自分を守るための方策に多くの労力が奪われることになる。

 トップ経営者の前では、ただひたすらイエスマンを演じる以外に選択肢はない。卑屈なイエスマンに成るしかない者は、同じようなイエスマンを部下にしたがるものだ。求められる資質は、上役の要求に疑問を持たず素直に従う心と、それを実現するための根性である。いわゆる体育会系の奴隷システムを全否定する訳ではないが、それに近いものばかりが重宝される状況は異常だ。自然界も多様性が失われると、環境変化に対して柔軟に対応できなくなり脆い。「グローバルな経営環境の激変に対応・・・」とかいうセリフを吐くならば、それに対応すべき社員の資質を多様化すべきなのである。金太郎飴工場と化している学校教育の現状を黙認しているようではダメである。

3)社員同士の横の連携がお粗末になる。
 サラリーマンであれば上役の意向を尊重するのは大切である。しかし、四六時中そればかりを気にしてビクビクしながら過ごすようになると、必然的に視野が狭くなる。自分や自分が管理する部署の生き残り・実績が最優先になってしまうのだ。他の部署への影響や、最終的な消費者の利益が後回しになりやすい。

 会社組織内には、多種多様な部署が存在するのが普通である。誠意のある横のコミュニケーションなくして会社目標は達成できないし、ましてや新しい価値を生み出すなど夢物語となる。気持ちに余裕がなければ、違う立場の人間の意見に耳を傾けるのは難しい。独裁的トップから降りてきた非現実的な目標を無理に実現しようとする場合、そのしわ寄せは下の立場の者が引き受けることになる。追い詰められた者同士が、誠意のあるコミュニケーションを実践するのは困難なのだ。

4)社員がモノとして扱われる。
 独裁者が君臨する組織では、No.2以下の人間はただの駒に過ぎない。例えば、会長に全権があるような会社では、肩書が社長だろうが専務だろうが、No.2以下の人間は取り換え可能な手足なのである。プライドを捨てて、日々トップの意向にビクビクしなければならない心労を想像すると、頭が下がる。

 自分が使い捨ての道具に過ぎなければ、その配下の部下たちを人間扱いできなくなるのは当然だ。社員たちは奴隷的精神を強要され、耐えられない者は辞めていく。奴隷にかけるコストは少ない方がいいので、非正規社員が増える。忠誠心のない者が増え、言われたことしかやらなくなる。上下関係での信頼は失われ、ガチガチのルールによって社員を縛る慣行が常態化する。失敗すればムチで打たれるだけである。モチベーションが低下し、仕事の効率は落ちる。最近、鬱病が多発しているのは偶然ではない。

5)社会への貢献力が損なわれる。
 組織への忠誠心が社員から失われれば、親身な態度を期待することもできない。下からの提案は無くなり、会社独自の商品やサービスが乏しくなっていく。他社の後追い・物まねばかりをしていれば、価格競争に巻き込まれ、利益率低下を招く。

 社員に対して提案何件と義務化しているケースを見受けるが、形だけで実質機能しないことが多い。提案が自然に生まれにくい素地があるので、まずそこに目を向けなければいけないのだが、しない。提案できないように精神的に追い詰めて、一方で提案を強要するとは現実を無視した滑稽な態度である

6)世間での流行りを形だけ取り入れる。
 「グローバル対応には英語が必須だ」と思い込んだ独裁トップは、社員の英語力底上げが必要だと主張することが多い。条件を満たす社員全員にTOEICを受験させたり、英語学習への補助制度を作ることもある。そのこと自体は悪くないが、実際に成果を上げても英語が必要な業務に就くことがなく、給与手当にも反映されないケースが多い。グローバル人材確保の掛け声の下、外国人を社員として採用し配属するが、日本の会社体質に馴染めず、幻滅して辞めていってしまう。会社としては、結果として大金をどぶに捨てているのと同じである。「国際化」に真面目に対応してきた社員たちはバカバカしい思いをさせられる。

 しかし、独裁トップの取り巻き人間たちにとって、そんなことはどうでもいいのである。「ご要望通り、うちの社員の英語力は向上しつつありますよ」「外国人社員が日本人社員と一緒に仕事をするのが珍しくなくなりましたよ」とトップに説明し、グローバル対応できているかのように演出できればいいのである。世間の流行りを上っ面だけ取り入れた浅薄さを気にすることはなく、トップのご機嫌が取れればそれでOKである。

おべっかを使うサラリーマン

7)道徳規範がトップの見識頼りである。
 トップ経営者が独裁的で態度が専横だといっても、そのこと自体は違法ではない。「嫌なら辞めろ」と言われても、裁判沙汰にはできない。しかし、そのような体質が蔓延した職場では、最低限の道徳である法律を無視した制度やルールが運用されてしまう可能性が高くなる。違法な社内規則はすべて無効なのだが、大企業病に罹っていると、上に対して異を唱えられないため、違法行為が常態化してしまう。労働基準監督署に摘発され、指導されるのは氷山の一角だ。

 日本社会では戦前・戦中の教訓が生かされていないせいか、無能なトップの狭い見識・脆弱な判断力にすべてを委ねて、間違った方向に突進してしまう悲劇が後を絶たない。取り巻きの奴隷経営職や配下社員の問題意識が低いこともあり、違法を違法と認識する力も弱まっている。ブラック企業の蔓延は、独裁トップと社員が協力した結果といえるだろう。

8)会社やその商品の宣伝が必要以上に派手になる。
 せっかく作った商品を、宣伝することは多かれ少なかれ必要なことである。経営トップが会社紹介や経営哲学を語ることも必要だろう。しかし、経営トップの虚栄心を満たすだけのために、不必要なテレビCMを流したり、新聞広告を行う場合があるのだ。そこには誇張だけでなく、事実の歪曲も含まれることが珍しくない。情報の受け取り側を誤解させるという点で犯罪である。

 テレビCM・新聞広告・パンフレットなどの宣伝が、以前と比べて急に派手になった場合は注意が必要である。末端の一般消費者を相手にしている訳でもない企業のトップが、必要もないのに急にテレビに出演し出す場合があるが、言っていることが空虚で、見終わった後に何の印象も残らないことが多い。会社の利益を棄損するだけの本質的無駄といえよう。

9)他の悪徳会社とつるんで、経営判断を誤る。
 経団連は日本の大企業の中でも特に大きい会社の集まりである。経団連は選挙権を持たず、政治的な主体ではないにもかかわらず、自民党政権を長年に渡って裏から操ってきた。政治家と財界が結託した結果、日本社会は歪み、最終消費者や国民生活に多大な損害をもたらしてきたのだ。

 大企業同士が交流したり連携することは悪いことでなく、必要な場合もある。しかし、今の経団連は、消費税アップ・法人税減税・労働規制緩和・原発推進・安保法制推進・憲法改悪など、国民を追い詰める政策を政治家に要望している。そして、実際に大きな「成果」を上げてきた。哲学のない悪徳集団に成り下がったのである。

 人間としての哲学を持たない、そして善悪の判断能力に乏しい独裁トップ経営者は、経団連に惹かれる場合が多いようだ。例えば、元々、原発問題への関心が薄い経営者が、経団連の福島原発収束神話に共鳴した場合、悲劇が起こり得る。2011年3月の福島原発事故後に、福島原発に近い汚染地域に新たな事業所を建設し、社員を赴任させた実例があるのだ。

最後に:
 大企業病が発生するかどうかは、経営トップの聞く耳にかかっている。聞く耳が無ければ大企業病は慢性化し、悪化する。死に至る病となり、市場から淘汰される。創業100年を超えるような、世間的には一流と見なされている巨大企業が悲惨な末路を辿ることも珍しくない。

 会社組織内では、選挙制度で経営者が選出されることはない。最終的な決定権を持つトップ経営者が、自分にとってやりやすい人間を部下として引き上げるのは悪いことではない。しかし、その経営者が自分自身に対する理解が浅く、精神的な怠惰に流されている場合、大企業病の予防は難しくなる。創業者から経営を引き継いだだけのサラリーマン経営者や、政府の官僚組織は特に注意が必要だ。

 自浄能力を全く発揮できず、大企業病を悪化させ続けている組織は無数にある。民主的な選挙制度に頼れないのであれば、内部告発によって、組織外から圧力を掛けて改善を促すシステムの充実が急務だと考える。

以上

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【意図的な無視】見て見ぬふりは取り返しのつかない事態を招く。日本人はお任せ民主主義から卒業すべき。

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 今回は、分かっていながら見て見ぬふりをすることがどんなに危険か、どれだけ高くつくかを論じたいと思います。項目としては、次の3つです。

1)ブラック企業の蔓延
2)アスベストによる健康被害の実例
3)放射性物質による健康被害

1)ブラック企業の蔓延
 ブラック企業という言葉はすっかり市民権を得た感があります。目先の利益のために法律違反を犯す悪徳経営者と奴隷管理職が直接の原因ですが、それだけではブラック企業は生まれません。従業員の協力があって初めてブラックな職場が成り立つのです。

 問題意識もなく奴隷になることが生きがいの者、悪いことだと知っていても勇気が無く上長に指摘できない者、さざ波を立てないことが自分を守ることにつながると誤解している者など、様態は様々です。見て見ぬふりの事なかれ主義が蔓延すると、経営者側はますます増長します。過労死や過労自殺など、日本特有の現象も頻発しているようです。

電通への抜き打ち検査。悲劇が起こってから重い腰を上げるいつものパターンだ。
電通への抜き打ち検査。悲劇が起こってから重い腰を上げるいつものパターンだ。

 どうしても上司に異を唱えられない場合は、労働基準監督署に電話をすればいいのです。実名を名乗ることにリスクを感じるならば、匿名の情報提供だと伝えれば、親身になって話を聞いてくれます。もちろん、会社名・部署名・経営者名はしっかり実名で伝えて、法律違反の具体的事実をなるべく詳しく伝えます。臨検で事実を確認の上、会社側に指導してほしいと伝えればきちんと動いてくれます。経営者側は労働基準監督署をとても恐れていますから効果てきめんです。かなりの抑止効果を期待できます。

 自分は匿名で、監督署に電話をするだけでいいのですが、この程度の手間や工夫すら面倒臭がってやろうとしない人がほとんどではないでしょうか?自分がやらなくても誰かがやってくれる、忙しい、など言い訳は人さまざまですが、一人一人の小さなサボタージュが積み重なって、会社側の犯罪を徐々に大きくしているのです。例えば少額の残業代不払いであっても、人数が増え期間が長引けば、従業員から大金を泥棒したのと同じになります。奴隷サラリーマンは企業犯罪を助長しているのです。

 小さな不正は小さいうちに摘み取るのが原則です。放置しておくと組織の上から下まで堕落してしまい、社会に対してまともな商品を提供できなくなります。大手の企業でも安心ではありません。事なかれ主義を放置しておけば、長期的には組織自体が淘汰され、悲惨な末路を辿ります。その過程で人が死ぬこともあり得るでしょう。悲劇を避けるのに特別な能力は必要ありません。どこにでもいる普通の人たちが、面倒くさがらずに当たり前のことを実践すればいいのです。これぞ本当の愛社精神です。

2)アスベストによる健康被害の実例
 

 上のビデオは、アスベストによる健康被害を受けながら、事実を知ろうとせず、意図的に無視する人たちの話です。

 アメリカ:モンタナ州の小さな町で、ゲイラというごく普通の女性は、学校を卒業した後に就職し、家を一軒ずつ回ってガスや電気の計量メーターを検針する仕事を始めました。昼間だというのに働き盛りの男性たちが大勢家にいて、酸素ボンベをつけていることを奇妙に感じました。そのうち、ゲイラの両親も亡くなりました。町中に広がっている健康悪化の原因をゲイラは探し求め、ついにアスベストの存在に気付いたのです。町には、アスベストを多量に含有するバーミキュライトの鉱山があり、そのバーミキュライトという土は、町中で利用されていました。

 研究者の協力による裏付けも取れたので、町中の皆に事実を話して回りましたが、みんな嫌がるばかりで知ろうとしません。それでも諦めず、ついに町へ連邦政府機関を呼び、住民1万5千人の健康診断にこぎつけました。その結果、その町の死亡率はアメリカ平均の80倍であることが判明しました。その時ですら、町民の間では、事実の「意図的な無視」が横行していました。自分たちが生命の危機に直面していながら、見て見ぬふりを止められないとは、人間とは何と弱い存在でしょう。

 繰り返しますが、アスベスト問題を告発したゲイラという女性は普通の人です。セレブでもなければ専門家でもない普通の人ですが、誠実で、自分の町のことを大切に思っている人。そして、行動・発言するという自由を行使し、決してあきらめなかったのです。

3)放射性物質による健康被害
 2011年3月の福島原発事故により大量の放射性物質が放出され、現在でも事故は進行しています。しかし、人々の事故の記憶は薄れています。「食べて応援」や「風評被害」という言葉は、原子力マフィアが作ったものです。放射能のことなんて忘れちまおうぜ、というキャンペーンです。

写真(放射性セシウムによる土壌汚染) 出典:IPPNW-Report "Health consequences resulting from Fukushima Update 2015"
写真(放射性セシウムによる土壌汚染) 出典:IPPNW-Report “Health consequences resulting from Fukushima Update 2015”

 日本の総人口で原子力マフィアとその関係者が占める割合は少ないにもかかわらず、「食べて応援」や「風評被害」が大きな効果を持つのはナゼでしょうか?一般国民も、放射性物質や健康被害など、面倒な事を考えたくないからです。原子力マフィアという加害者側と被害者側が協力して事実の隠ぺいをしているのです。

 福島原発事故はチェルノブイリと同じレベル7であり、大量の放射性物質が拡散したことを、皆知っています。放射性物質が危険なこともみんな知っています。チェルノブイリ原発周辺の広大な地域で健康被害が発生していることも知っています。歴史上の公害問題を振り返れば、政府や企業が都合の悪い事実を隠ぺいすることも、みんな知っています。実際、安倍政権になってから、マスコミの原発報道が極端に減りました。ほとんどの国民は、「面倒なことを考えずに済むし都合が良い」と思っているのではないでしょうか?これも、「意図的な無視」に当たります。

 知るべき情報で、かつ、知ることができる状態にも関わらず、見て見ぬふりをする。故意に無視する。現実、書籍やネットでいくらでも知識を補うことができるのに、しない。目先の自分の損得や快楽を優先し、面倒事から逃げ回る。そればかりか、原発反対を訴える人たちを「放射脳」と揶揄する始末・・・。

 チェルノブイリでは、事故後長らく事実の隠ぺいが続きましたが、あまりにも健康被害がひどくなり過ぎて、どうにも隠すことができなくなったのです。チェルノブイリ原発事故による死者数は100万人以上と言われています。しかも、傷ついた遺伝子は何世代にも渡って引き継がれます。取り返しがつきません。原発が、世界中の保険会社から相手にされていないのも当然ですね。

 原発事故は一部の原子力専門家に任せておけばそのうち解決する問題ではありません。普通の人たちが、声を上げて行動するという自由を行使しなければならないのです。具体的には次の項目を、政府に対して要求すべきでしょう。

①放射能レベルの正確な測定を行い、結果を全て公表する。
②外部被爆、内部被爆の危険について、最新の知見を国民へ提供する。
➂避難地域選定については、最低限、チェルノブイリ基準を適用する。
④避難先で不自由がないように、住居、仕事、収入については十二分に援助する。
⑤避難対象者の医療費については生涯無料とし、診断結果は本人へ丁寧に説明する。
⑥原発は即廃止し、福島原発も含めて廃炉作業は安全第一で進めること。

 ある日突然、自分の住んでいる国・地域が放射性物質で汚染されてしまうという理不尽さを考えれば、上記①〜⑥は最低限必要なことです。該当者が何千万人いるか知りませんが、当たり前のことを要求するという自由を、選挙などを通じて行使しなければなりません。自由は行使しなければ存在しないのと同じです。「誰かがやってくれる。俺知らね」という、お任せ民主主義では、自分の身を守ることはできません。

以上

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参院選での改憲勢力圧勝がもたらす政治的災害を、アメリカの保守メディアが分析

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写真(2016年7月の参院選で改憲勢力が圧勝)
写真(2016年7月の参院選で改憲勢力が圧勝)

 2016年7月10日の参議院選挙では、改憲勢力が三分の二を占めました。この日本の政治状況をアメリカの保守系メディアが分析し記事にしています。

 NATIONAL REVIEWの2016年7月16日付記事のリンクを以下に示します。

「Japan Reverts to Fascism」(ファシズムに回帰する日本)

以下に要約を記します。

要約始め
*********************
日本の政治に起こった津波災害:

今週、日本の自公政権を含む改憲勢力が圧勝し、衆参両院で三分の二を占めることになった。これで、自民党の念願である改憲発議が可能になったのだ。

現在の日本国憲法は改正されたことがない。人間は誰でも生まれつき人権を持っているという西欧的考えが、自民党は気に入らないらしい。

自民党議員や安倍政権閣僚の多くは、日本会議という右翼団体に属している。日本会議は、第二次世界大戦での旧日本軍犯罪・侵略戦争という事実を否定している。そればかりか、アジアの解放につながったと礼賛し、東京裁判の不当性を訴え、南京大虐殺はでっち上げだと主張している。また、旧日本軍による性奴隷犯罪を否定し、日本の再軍備を訴えている。現在の憲法を尊重せず、天皇を神格化した戦前への回帰願望が強い。

戦後、占領国であるアメリカから民主主義を押し付けられ、天皇は人間宣言せざるを得なくなり、日本は世界の中心という優越思想は否定された。このことに対して、日本会議のメンバーは今も怒り狂っている。

2013年、安倍晋三氏の総理就任祝いのパーティが日本会議主催で開かれた。そこでは旭日旗(きょくじつき)が掲げられ、戦後レジームからの脱却が宣言され、君が代が斉唱された。

自民党の憲法改正草案では、政教分離が否定され、天皇の神格化が盛り込まれている。また、憲法九条の戦争放棄も否定している。

現在の日本国憲法下でも、日本は憲法九条を厳密に守っているわけではなく、現実には世界第四位の軍事大国だ。

さらに自民党の憲法改正草案では、公共の利益と秩序を持ち出して表現の自由を制限している。ここ数年、安倍政権下での報道の自由度ランキングが急降下している。政府に都合の悪い報道をしたら停波すると総務大臣が発言したり、NHK会長が御用マスコミ化宣言している有様だ。

自民党の憲法改正草案には、自由と権利には責任と義務が伴うことを国民は認識しなければならない、と明記されている。君が代を尊重せよ、公共の利益と秩序を守れ、緊急事態では政府からの命令に従え、などが盛り込まれている。ただし天皇は憲法尊重義務を免除されており、権能拡大が図られている。

衆参両院議員の三分の二が改憲に賛成し発議されたら、最終的には国民投票の過半数で決まることになる。日本人投票者の半数以上が、自分たちの権利を縛る新憲法に賛成するだろうか?想像するのもバカバカしいが、あり得ないことではない。

我々にとって重要な同盟国である日本。世界で二番目に豊かな民主国家日本がファシズムに回帰するのを、指をくわえて見ているわけにはいかないだろう。
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要約終わり

 海外メディアですが、良く分析して、報道していると思います。日本政府に遠慮する必要がないので、日本の大手マスコミよりは正確な情報を提供してくれていますね。

 日本のマスコミは概して、現状の記者クラブ権益を守ることを優先していますので、権力批判報道はほとんど期待できません。ジャーナリストの役割を放棄し、社会的には死んでいる状態です。そんな中で比較的頑張っているのは、規模が小さいところばかりです。残念ながら影響力が小さく、日本人有権者の大勢を動かす力はありません。

 舛添さんの時のように大手の新聞社が一斉に一面で報じたり、大手テレビ局が朝から晩まで繰り返し報道するようにならないと、急激な情勢変化は望めそうにありません。

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【象徴天皇制の問題点とは?】国民を支配し搾取するために天皇を政治利用してはならない。

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写真(2004年:秋の園遊会)
写真(2004年:秋の園遊会)

 上写真をご記憶の方も多いと思う。2004年10月28日、秋の園遊会での一場面である。当時、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄氏(61)が、「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話した際、天皇陛下は、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べたのだ。米長邦雄氏は、「もちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えている。

 その当時の東京都では、国旗掲揚・国歌斉唱の職務命令に従わない教員を大量に処分しており、東京都教育委員を務める米長邦雄氏は上から強制推進する立場にあった。教員たちに対しては、思想信条の自由を認めない横柄な態度をとりながら、天皇に対してはペコペコするのを滑稽に感じた人も多かったのではないだろうか?

 天皇を政治利用して国民を抑圧しようと企んでいる連中が、天皇自身からその行動を諫められたのである。この場面は権力層にとって誠に都合が悪かったため、マスコミでの報道はこれ以降されていない。

 秋の園遊会には米長邦雄氏も含めて、たくさんの人が招待されている。天皇を政治利用してやろうという不敬な人間だけでなく、純粋に人柄を尊敬し、遠くから少しだけでもお目にかかりたいという人も多かったに違いない。実際に、あれだけの人格的オーラを発することができる人間に実社会でお目にかかることは難しいだろう。

 被災者に寄り添う姿勢を含め、何十年にも及ぶ天皇としての職務を遂行する中で築き上げられた信頼感・安心感は揺るぎないと思う。主体性に欠ける日本国民にとって、天皇の存在は社会秩序を維持するための一機能を果たしている。つまり、天皇を模範として、自分の行動や態度を決めている部分が大きいのだ。本来は、国民一人一人の中に確固とした哲学・判断基準があればいいのだが、社会システムや教育制度の問題もあり、すぐに実現することは難しい。

 このように戦後の象徴天皇制はすっかり根付いている感があるが、実は様々な矛盾を内包している。例えば、次のような問題が存在する。

・天皇は政治的な発言を封じられている。
・事実上、人権が認められていない。
・移動の自由が無い。
・天皇は公務を拒否することができない。
・憲法で天皇は世襲と定められているので、即位を拒むことができない。しかも男子限定。
・職業選択の自由がない。
・一度即位すると、自分の意思で退位できず、亡くなるまで天皇としての役割を全うすることが義務付けられている。
・特権階級として多額の税金が投入されている。
・その他

 日本国憲法第14条には次のように書かれている。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 すべての国民の中には天皇も含まれるというのが学説として有力である。天皇も含めて国民は全員、人間として平等に扱われねばならないという原則と象徴天皇制は、明らかに矛盾しているのである。天皇について規定されている憲法第1条~8条や皇室典範は、それ以外の憲法条文から独立しているかのようだ。これは日本国憲法自体の矛盾を表わしており、いずれは改正されねばならないだろう。

 このような大きな矛盾・問題を抱えながらも、象徴天皇制は長年維持されてきた。なぜ維持が可能だったのか?現在の今生天皇が、ある意味理不尽な立場を甘受しつつ、公務に勤しんできたからである。少なからぬ国民は矛盾に気づいていながら現実を直視しようとせず、長年に渡って問題を放置し続けてきたのだ。国民的な精神的怠惰のしわ寄せを、天皇とその関係者が受忍してきたともいえる。面倒くさいからといって、いつまで見て見ぬふりをしてはいけない。

写真(天皇陛下生前退位に関するニュース)
写真(天皇陛下生前退位に関するニュース)

 天皇の生前退位問題は、遅かれ早かれ表面化する運命にあった。しかもそれは、数多くの問題の一つに過ぎないのだ。「高齢で健康上の問題もあるから、象徴としての役割や国事行為から降りたい」というメッセージを非難することができる人がいるのだろうか?国民を支配し搾取するために天皇を政治利用してやろうという悪徳者でない限り、文句は言えないはずだ。

 今後、象徴天皇制をどうすべきか、国民的な議論をする必要がある。我々国民が天皇に精神的に依存せず自立心を持つためにも、そして、天皇の政治利用を拒否し、抑圧や搾取のない民主的な国家を作るためにも、面倒事からこれ以上逃げ回ることは許されまい。議論の際に念頭に置かねばならないのは、当然、人間平等の原則である。

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【簡潔でも印象深い!】社会の本質を的確に表現するジョージ・カーリンの言葉

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写真(ジョージ・カーリン氏) 出典:famousdude.com
写真(ジョージ・カーリン氏) 出典:famousdude.com

 ジョージ・カーリンというアメリカのコメディアンがいました。彼は、ユーモアを交えた毒舌でアメリカ社会や政治権力を批判し、人気を博しました。とても分かりやすい言葉で物事の本質を突き、結果として、人々の脳裏に残り続けるのです。

 彼の言葉の一例を、以下に引用します。

引用始め
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この時代に生きる 私たちの矛盾
ビルは空高くなったが 人の気は短くなり
高速道路は広くなったが 視野は狭くなり
お金を使ってはいるが 得るものは少なく
たくさん物を買ってはいるが 楽しみは少なくなっている
家は大きくなったが 家庭は小さくなり
より便利になったが 時間は前よりもない
たくさんの学位を持っても センスはなく
知識は増えたが 決断することは少ない
専門家は大勢いるが 問題は増えている
薬も増えたが 健康状態は悪くなっている
飲み過ぎ吸い過ぎ浪費し 笑うことは少なく
猛スピードで運転し すぐ怒り夜更かしをしすぎて起きたときは疲れすぎている
読むことは稀で テレビは長く見るが祈ることはとても稀である
持ち物は増えているが自分の価値は下がっている
喋りすぎるが愛することは稀であるどころか憎むことが多すぎる
生計のたてかたは学んだが 人生を学んではいない
長生きするようになったが 長らく今を生きていない
月まで行き来できるのに 近所同士の争いは絶えない
世界は支配したが 内世界はどうなのか
前より大きい規模のことはなしえたが より良いことはなしえていない
空気を浄化し、魂を汚し
原子核を分裂させられるが 偏見を取り去ることができない
急ぐことは学んだが 待つことは覚えず
計画は増えたが 成し遂げられていない
たくさん書いているが 学びはせず
情報を手に入れ 多くのコンピューターを用意しているのに
コミュニケーションはどんどん減っている
ファーストフードで消化は遅く 体は大きいが 人格は小さく
利益に没頭し 人間関係は軽薄になっている
世界平和の時代と言われるのに 家族の争いはたえず
レジャーは増えても 楽しみは少なく
たくさんの食べ物に恵まれても 栄養は少ない
夫婦でかせいでも 離婚も増え
家は良くなったが 家庭は壊れている
(佐々木圭一氏訳)
***********************
引用終わり

 「・・・なんだけど、・・・だよなあ」という比較対照法がとても効果的で、アメリカ社会に内包される矛盾を見事に描き出しています。アメリカはすでに、人間が安心して暮らせるような場所ではなくなりました。日本は、愚かにもアメリカの後追いをしており、社会が崩壊しつつあります。ジョージ・カーリンの言葉は、日本人も心して受け止めるべきだと思います。

 ジョージ・カーリンの言葉を、私なりに解釈して以下に記します。参考にしてください。

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高層ビルで働き生活する人が増えたが、気持ちの余裕は失われている。
あくせくと先を急ぐが、周りを見渡すことがない。視野狭窄で利己的だ。
大量の衝動買いをするが、ロクに使いもせずに廃棄することが多い。
物質的には恵まれていても、家族機能は脆弱だ。
パソコンなどの便利な科学技術は、人々の時間的余裕を生み出すために使われていない。むしろ逆に時間に追われる結果をもたらしている。
形式上の学歴は立派でも、それは、自律的に考える人間であることを意味しない。
ネットなどで簡単に大量の情報を得られるが、雰囲気に流されるばかりで、自分の頭で考え自分で決めることができない。
「専門家」であっても都合の悪い現実から目を背け、問題の先送りという悪習が蔓延している。
医療業界の利益のために患者を薬漬けにし、かえって健康を損なっている。
暴飲暴食・ヘビースモーカー・ギャンブル依存症などは、精神的貧困の表れである。
あくせく働き、うまくいかないのをすべて他人のせいにし、疲労がたまって朝起きるのがつらい。
受動的なテレビ視聴はするが、能動的に本を読み、考え、内省する習慣は失われている。
高級車に乗り、身なりが立派であっても、世に害悪をまき散らす人間が多い。
人の話に耳を傾けて信頼関係を醸成することができず、一方的な言い合いで憎しみを生み出している。
働いて金を稼ぐことは覚えたが、人生哲学の構築やその実践はおぼつかない。
平均寿命は延びているが、惰性で生きているため空虚である。
知性を持っていても、コミュニケーション能力が貧弱である。
権力者や富裕層は世界を支配した気でいるが、自分自身がどういう人間か理解できていない。
大金をかけた公共事業が、人間社会に害悪をもたらし、子孫に借金を残している。
健康意識は高まっているが、原発事故で放射性物質を広範囲にまき散らし、不信感と絶望と無関心が渦巻いている。
科学技術が進歩しても、「常識」を疑う習慣が無く、権力者に何度ダマされても学ばない。
人間を枠にはめて手順書通りに早く作業させているが、仕事を任せないので人が育たない。
体裁の良い計画書を乱造するが、現実を踏まえない絵に描いた餅であることが多い。
大量の書物が世に溢れていても、ためになる良書は稀である。
高カロリーで毒物まみれのファストフードが氾濫し、不健康な肥満体が増え、それが精神をも蝕んでいる。
大企業は強欲な利益追求と搾取をやめられず、非正規雇用の増加が従業員同士の連帯を損なっている。
平和主義の理念は知っていても、実生活での実践が伴わない。
東京ディズニーリゾートには年間2000万人以上訪れているが、空虚な夢の演出のどこが楽しいのか?
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沈みゆく大国アメリカ (集英社新書)

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「常識」に流されるな!がん検診・手術・抗がん剤治療は無駄であり害悪である。

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 がん検診を熱心に勧める東京都知事候補がいましたね。時代錯誤も甚だしい、とうのが私の感想です。

 「がん検診は必要」、「がんだと診断されたら手術や抗がん剤漬けは当然」と思い込んでいる人は多いと思います。そのような間違った「常識」に一石を投じた名著を紹介します。

「患者よ、がんと闘うな」文藝春秋社 近藤誠著

患者よ、がんと闘うな

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(2016/7/16 18:27時点)

 下記に、内容の概略を紹介します。

・抗がん剤の約9割は無意味であり、むしろ逆に命を縮める結果をもたらす。
・苦しむ患者に抗がん剤という猛毒を投与し利益を得る製剤メーカーと病院。
・がん患者を切り刻む手術偏重体質の恐怖。
・医師たちはがんの恐怖を煽り、がん治療のために多くの患者がのたうち回って死んでいく現実。
・放射線治療は正しく使えば手術よりも利点が多いが、日本で普及しなかった理由。
・戦中の731部隊を彷彿させる人体実験が横行している。
・がん検診は有効でなく、拒否すべきだ。内視鏡検査での感染や医療被曝による発癌の方が怖い。ここでも病院側の利益追求体質が見て取れる。
・「本物のがん」と「がんもどき」を区別せよ。「本物のがん」は早期発見される以前に転移している。
・がんと闘うという間違った姿勢が、無意味で有害な治療を横行させ、患者に過酷な人生を強要している。

 本書を読むと、がんに対する不安や恐怖は、がんに関する無知や誤解に基づいていることが理解できます。また、本書の特徴として、次の点が挙げられます。

・がんや治療の本質を科学的・論理的に解き明かしている。
・医学の知識が無い一般人でも理解できるように説明されている。(→これはかなり高度な技術だと思います)

 私は、近親者をがんで亡くしたことがあります。ずいぶん昔のことですが、手術や抗がん剤の副作用に苦しみ続けた様子を鮮明に覚えています。「がんと闘え」「手術や抗がん剤は必要」という間違った常識を家族全員が信じていたため、病院の言いなりでした。抗がん剤という猛毒で生活の質は著しく低下し、のたうち回りながら死んでいきました。西洋医学に安易に頼らず別の方法を実行していれば、より快適に生活し、かつ、長生きした可能性が高いのです。その当時の担当医師は患者を食い物にしていた悪徳者だったのか、本当に無知だったのかは分かりません。しかし、患者の時間・労力・お金を無駄にしたという点で、社会的役割を果たしていなかったと思います。

 今回紹介している著書「患者よ、がんと闘うな」は、1996年の出版です。2016年の現在では、本書の主張に共感する人は多くなっていると思いますが、20年前当時、この主張は非常に珍しいものでした。がん利権に溺れている医療関係者や製薬メーカーを敵に回す危険な行為だったのです。異端視されることを恐れず、真実を世に発表した著者:近藤誠氏には敬意を表せざるを得ません。

 「常識」は嘘と偏見で充満しています。「常識」を疑わなければ真実に到達できないし、視野も広がらないことを痛感しました。一人でも多くの人に本書を手に取って頂き、新たな知見を得て欲しいと思います。

患者よ、がんと闘うな

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