学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。

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写真(安倍総理を無批判に礼賛する人たち) 出典:ニュース23
写真(安倍総理を無批判に礼賛する人たち) 出典:ニュース23

 学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。健全な批判能力とは、弱いものをイジメるということではない。自分より権力がある者の行動や発言を監視し、必要とあらば冷静に批判する勇気を持つということだ。

 上役の言うことは何でも素直に受け入れ、議論もせず、他人の目を気にして空気ばかりを読もうとする人間には、社会を進歩させる力はなく、逆に腐敗と堕落をもたらす。自国の美しい部分ばかりに目が行き、歴史上の過ちから目をそむける人間は、同じ過ちを何度でも繰り返す。過去の政治権力者たちは、腐敗と失敗の歴史であり、批判の対象と捉えるのが正しい姿勢である。批判的思考とは、高度に知的な営みであり、価値ある態度である。

 歴史・社会・政治などを教える立場の先生は特に、事実に基づいて権力者たちを冷静に分析・批判する能力が求められるし、生徒にも批判的な見方を指導しなければならない。単に知識を授けて、覚えたかどうかチェックするだけならば教育者としての役割を果たしたことにはならない。教育者は政治的に「中立」であってはならない。生徒を無知で無気力にするような授業をしてはならない。喜ぶのは悪徳権力者だけである。

 政治権力者は、教育機関を大衆洗脳のための道具として活用する誘惑に常にさらされている。教科書から都合の悪い事実をすべて削除したいのだ。生徒が授業中に議論したり意思表示する機会を奪いたいのだ。中央集権的な官僚システムによって、教師を思う通りにコントロールしたい願望に駆られている。問題意識のある教師には圧力をかけ、言うことを聞かなければ駆逐の対象とする。古今東西、権力者と名のつくものが考えることは同じである。教師たちは政治的な意識を強く持ち、教育現場へ権力者が介入することに抵抗し続けなければならない。

 掲げる政策の良し悪し以前に、法的な枠組みを破壊し国家の土台を崩した安倍政権は、戦後最低最悪の内閣である。安保法制の成立過程を振り返れば、誰でも納得するはずだ。

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 安倍内閣を批判しない教師が日本の学校にいるのだろうか?もしいたら、その人は職務怠慢だと言わざるを得ない。生徒の知的好奇心を衰退させ、無気力で政治的無関心な有権者を作り出す結果をもたらすものであり、罪であると言える。実際には安倍内閣を批判するような教師はまれであり、もし批判していることが判明したら処分の対象になるのが現実なのである。実力のない政治家ほど、弱者を力でねじ伏せようとする。

 神奈川県相模原市のやまゆり園で、無抵抗な障がい者の大量殺戮事件が起こったが、容疑者は、安倍総理などの反動政治権力者に媚びる態度を見せていたという。強いものには素直に従い、自分より弱い者に刃を向けるとは卑劣極まりないが、長年に渡る日本の教育の「成果」と言えるだろう。この容疑者に共感するものは皆、劣悪な日本の教育による被害者である。

 冒頭の主張を繰り返す。

 学校教育の目的の一つは、健全な批判能力を養うことである。健全な批判能力とは、弱いものをイジメるということではない。自分より権力がある者の行動や発言を監視し、必要とあらば冷静に批判する勇気を持つということだ。

 何の問題意識もなく素直に日の丸を掲揚し、君が代を斉唱しても、社会は良くならない。悪徳権力者が薄ら笑いを浮かべるだけだ。無気力で知的に怠惰な人間が大量に生み出されるような学校教育を放置していたら、日本は再び戦前の過ちを繰り返すことになるだろう。

以上


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投稿者:

J Iwasaki

J Iwasaki

大学卒業後、民間企業に勤めています。 皆さんに役立つ情報を提供したいと思い、ブログを始めました。 気軽に読んで頂けると嬉しいです。 なお、ブログ記事の無断転載は法律で禁止されています。 どうぞよろしくお願いいたします。

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