福島の鼻血問題を最初に提起したのは自民党だが批判無し。一方、美味しんぼ「福島の真実」編が叩かれるのはナゼか?

 「美味しんぼ」はグルメ漫画として一世を風靡し、単行本の累計売上部数は1億冊を超えている。福島原発事故後、鼻血の描写でバッシングされたのは記憶に新しい。

 『ビッグコミックスピリッツ』2014年22・23合併号に掲載された「美味しんぼ 第604話 福島の真実その22」において、次の描写が批判の的になった。

・登場人物が福島第一原発に取材に行った後、疲労感をおぼえたり鼻血を出したりするなど、体調の異変を訴えた。
・前福島県双葉町長の井戸川克隆氏が「私も鼻血が出ます。私が知るだけでも同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです。」と言った。

図(美味しんぼの一場面)

図(美味しんぼの一場面)

 これらの描写に対して、作者や編集部に対して猛烈なバッシングが起こり、現職の大臣までもが不快感を表明するなど異常な事態となった。

 しかし、福島の鼻血問題を最初に提起したのは美味しんぼではなく、実は自民党なのである。2012年4月25日参議院の憲法審査会に出席した自民党議員の山谷えり子氏は、井戸川克隆氏の「私も鼻血が出ます。私が知るだけでも同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです。」という趣旨の発言を引用し、当時の民主党政権に対して、「双葉郡民は憲法上の国民ではないのか」と、対策を迫っている。不思議なことに、この時の国会での発言に関しては、政府も自民党も県も双葉町も一切問題としておらず、批判は起こらなかった。

 民主党政権時代に野党の自民党が鼻血問題を提起しても問題にならないが、安倍自民党政権下で『ビッグコミックスピリッツ』が鼻血場面を描写すると大問題になる。奇怪な現象である。原因は、報道の自由度ランキング推移(下図)を確認すれば納得できる。

図(日本の報道の自由度ランキング推移:2016年) 出典:データを基に筆者が作成

図(日本の報道の自由度ランキング推移:2016年) 出典:データを基に筆者が作成

 民主党政権は短命で終わったが、報道の自由度については世界的な評価が高かった。つまり、表現者側にとって、ストレスが少ない時代だったのである。しかし、自民党の安倍政権が樹立されて以降、ランキングは急降下し、報道機関等に対する圧力が露骨になった。大手御用マスコミの自主規制は特にひどく、政府にとって都合の悪いことはほとんど報道されなくなった。このような状況下で、政府を含む原発推進側が触れて欲しくない鼻血問題が提起されれば、表現者側が叩かれるのは当然の結果であろう。「私も鼻血が出ます。私が知るだけでも同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです。」という発言や鼻血の描写は事実なので何の問題もないが、それを素直に受け止められない雰囲気・環境になってしまったのである。

 さて、鼻血問題で世間の認知度をさらにアップした漫画「美味しんぼ」だが、「福島の真実」編が納められている単行本の110巻と111巻を購入して読んでみた。グルメ漫画だけあって福島県の郷土料理のことがたくさん紹介されている。作者自身の福島県に対する思い入れが強く、根底で福島県民に対する温かい気持ちを感じ取ることが出来た。その一方で、放射性物質に汚染された厳しい現実もしっかり指摘している。権力の御機嫌取りをすることもなく、心地よいウソに流されず、事実を積み重ねて結論を出そうとするスタイルはルポルタージュと言ってよい。漫画という表現方式を用いた秀逸なルポルタージュである。

 今はバッシングの対象となっているが、遠い将来には歴史的な高い評価を受けることになるだろう。以下にリンクを示すので、実際に読んでみることをお勧めする。

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 「美味しんぼ」110巻と111巻から、海原雄山(登場人物の一人)のセリフをいくつか引用する。

引用始め:
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「この畑も、風向き次第では放射性物質を浴びただろう。風向き次第でこの豊かな自然を失っていたかと思うと、身の毛がよだつ。この、“危機と紙一重”というのが、福島の真実だ。」

「豊かな南相馬の地に、今は入ることができない。南相馬だけではない、いくつかの地域に立ち入ることができなくなった。それは国土を喪失したに等しい。」

「安全なものは安全、危険なものは危険、きちんと見極めをつけることが福島の食材には必要なのです。消費者に真実を伝えなければいけない。」

「いったいどれほど貴重なものをわれわれは喪失してしまったのか。豊かさも喜びも輝きも幸せも。失ってはならぬものを失ってしまった。」

「真実を知らせたくない人間。何もかもうやむやにごまかしたい人間。そしてその嘘の上塗りに手を貸すマスコミ。」

「心温かくわれわれをもてなしてくれるひでじい。美しい山、さわやかな山菜。何一つ欠けるもののない素晴らしさだ。それなのにどうしてみんなの心はこわばってしまったのか。それはこの美しく豊かな福島の大地を、目に見えぬ凶悪なものが覆っているからだ。この凶悪な存在が福島の大地を深く傷つけ、人の心を凍えさせる。これが福島の真実だ。」

「原発安全神話が崩れたから、今度は放射線安全神話を作る気だ。」

「問題は、幸運にも山に囲まれて放射性物質の直撃を避けられて、安全とされている古殿町の生産物でも、食べるか食べないかは自己の責任で判断することを要求されるというこの事実だ。」

「あちこちで人々の生き甲斐が奪われていっている。これが福島の真実だ。」

「(福島原発の視察を終え)一番の印象は、破壊の程度が想像をはるかに超えていて、それに対する処置がすべて応急処置でしかないことだ。」

「放射線の被害というとガンのことばかり取り沙汰されるが、政府は体のあらゆる症状について予見を持たずに調査すべきだ。」

「あの方たちの平和な生活を奪った東電と国は、あの方たちの人の良さ、我慢強さをいいことに何も責任を取っていない。」

「政府は、自分たちと東電の利益のために、福島を安全だと言う。」

「福島に住んでいる人たちの心を傷つけるから、住むことの危険性については、言葉を控えるのが良識とされている。だが、それは偽善だろう。低線量の放射線は安全性が保証できない。国と東電は福島の人たちを安全な場所に移す義務がある。私は一人の人間として、福島の人たちに、国と東電の補償のもとで危ない所から逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ。特に子供たちの行く末を考えてほしい。福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。」
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引用終わり

 鼻血問題で猛烈なバッシングを受けた後、沈黙を守っていた原作者の雁屋哲氏が次の書物を出版した。

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 本書では、「風評被害」だと騒いでバッシングを行った者たちに対する反論がされている。漫画で描いた汚染状況に関して補足説明をするとともに、内部被ばくの恐ろしさについても詳述している。そして最後にこう結論付けているのだ。

「福島の人たちよ、自分を守るのは自分だけです。福島から逃げる勇気を持ってください。」

 たとえ悪者になっても、勇気をもって真実を語るのが自分の生き方だと、原作者:雁屋哲氏は述べている。なかなか出来ることではない。この本を読むと、「福島を食べて応援しよう」などと言っている人間の軽薄さが良く理解できる。

 美味しんぼ:110巻、111巻と合わせて読まれることをお勧めする。漫画という表現方法の強みが、いかんなく発揮されていることを実感できるであろう。

以上

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