アメリカの心理学者であるアブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化しました。
人間は機械ではないので、この図通りにきっちり段階を踏むわけではありませんが、人間を心理学的に理解するのに役立つ考え方です。低次の欲求から順番に説明していきます。
1)生理的欲求
生命維持のための本能的な欲求で、食事・睡眠・排泄などが挙げられます。丸々三日間飲まず食わずだと人間は理性を失います。そんな状態の人にルール遵守を説いても無駄でしょう。
2)安全の欲求
事件や事故に巻き込まれない、経済的に安定している、健康状態が良好である、万が一健康を損ねても社会保障制度により最低限度の生活が約束されている、などが挙げられます。
3)社会欲求と愛の欲求
家族・地域社会・会社などの組織に属して、自分は必要とされているという感覚です。人間にとって住所不定・無職・天涯孤独という状況は耐え難いものです。
4)承認の欲求
例えばサラリーマンならば、上司から評価されたい、後輩・部下から尊敬されたい、肩書きや権限が欲しい、などが典型的ですね。この欲求が強すぎて自己中心的な態度をとり続けると、組織内で疎んじられ、誰からも相手にされなくなります。
5)自己実現の欲求
天職を得て、自分の能力を存分に活かして活躍するという状態です。サラリーマンではよっぽど運が良くないと難しいでしょうから、好きなことで独立起業して活躍するというイメージでしょう。
欲求段階説を唱えたマズローによると、5つの欲求すべてを満たした人間には以下の15の特徴が見られるといいます。(ウィキペディアより)
1.現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ
2.自己、他者、自然に対する受容
3.自発性、素朴さ、自然さ
4.課題中心的
5.プライバシーの欲求からの超越
6.文化と環境からの独立、能動的人間、自律性
7.認識が絶えず新鮮である
8.至高なものに触れる神秘的体験がある
9.共同社会感情
10.対人関係において心が広くて深い
11.民主主義的な性格構造
12.手段と目的、善悪の判断の区別
13.哲学的で悪意のないユーモアセンス
14.創造性
15.文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越
これら15個の特徴には、民主主義社会を機能させるために重要なものがたくさん含まれています。民主主義が根付いた暮らしやすい社会を実現するには、優秀な政治家をたくさん国会へ送り込める優秀な有権者が育つ必要があります。
実際には政治家の劣化は目を覆うばかりですが、それは、有権者の劣化が原因です。どんな搾取政策を取られても諦めるばかりで政治には一向に関心を持たない。社会的弱者をイジメることで欲求不満を解消する堕落ぶり。上に対して声を上げる勇気も気力もない。ウソと偏見の塊でしかない「常識」に流され、問題意識を持てない。目先の損得勘定に支配され、道徳心もなく、自分の発する言葉に責任を持つこともできない・・・
現在の日本では、民主主義の前提ともいえる上記15個の特徴を身に付けるのが難しくなっています。それは、低次の基本的な欲求が満たされていないのが大きな原因だと思います。
生活保護の捕捉率が2割程度であり、多くの人が人間としての最低レベルの生活を維持できません。健康を損ねても、経済的な事情で病院へ行くのを控えるケースが増えています。原発事故で避難を余儀なくされ、口には出さなくても内部被ばくの恐怖に怯えながら暮らしている人が大勢います。奨学金という多額のローンを抱えて、ブラック企業で非正規労働をさせられれば、結婚して家庭を営む余裕は生まれません。地域社会の一員として活動しようという意識も生まれません。学校では有無を言わせず日の丸・君が代を強要していますが、奴隷的な振る舞いをすることを厭わない人間が高く評価される世の中なのです。これでは承認欲求は満たされないし、自分を好きにもなれませんね。
前出の15の特徴は衰退するばかりで、民主主義を機能させにくくする要因がどんどん強化されているのです。統治権力にとっては、もちろんこの方が都合がいいのです。1%が99%から搾取する格差社会では、生活上の基本的欲求が満たされにくいので、民主主義という高度なシステムは育ちにくいのです。逆に、独裁者を歓迎し、愚かな政治家が称賛される風潮を生み出します。
有権者一人一人が考えるべき問題だと思います。
以上