福島原発事故が発生して、すでに6年近くが経過し、事故の深刻さが報道されることはほとんど無くなった。もう事故は収束したのだから安心だと言わんばかりである。そればかりか、原発事故そのものも風化し、人々の記憶から消えつつある。しかし実際には、福島原発からは毎日大量の放射性物質が環境中に漏れ続けており、収束の目途は全く立っていない。東日本を中心に大量にばらまかれた放射性物質は人々の健康を確実に蝕んでいる。
福島原発事故以前は、放射線による被ばく限度は年間1ミリシーベルトであった(外部被ばく)。しかし事故後は、緊急時のみに適用される年間20ミリシーベルトに引き上げられ、それが今日まで続いている。原子力緊急事態宣言が2011年3月に発令され、それが今日まで解除されずに継続中だからこそ可能な施策なのだ。
日本政府は今後も原子力緊急事態宣言を継続し、ずっと年間20ミリシーベルト基準を維持したいようだ。なぜか?基準を年間1ミリシーベルトにした場合よりも避難対象地域を大幅に狭めることができるからだ。対象地域を縮小できれば避難者数も少なくでき、賠償金や支援金を節約できる。(年間1ミリシーベルト以下をキチンと守っていたら、強制的に数百万人を避難させなければならない。)
年間20ミリシーベルトを超える地域の住民に対しては避難指示が出された。そして、年間20ミリシーベルト以下の地域の住民たちも自主的に避難する者が続出した。政府の言うことを信用せず、健康被害を避けることを最優先にして勇気ある判断をした人たちだ。これら原発避難者たちは10万人以上といわれているが、正確な数はつかめていない。
2015年の春以降に安倍政権は、「復興加速化」「自立」を前面に打ち出し、避難の終了を避難者に対して迫っている。「帰還困難地域」(年間50ミリシーベルト超、事故後6年が経過しても年間20ミリシーベルトを下回らない恐れがある地域)を除いて、2017年3月までに避難指示を解除する方針だ。福島県も2017年3月までに、自主避難者への住宅提供を打ち切る方針を示した。生活を支えるための金銭的支援は不十分極まりないのだが、それすら撤廃・縮小されるのだ。「放射能の線量が高くても元の住居に戻れ。避難場所に留まりたいならば支援はしない。自己責任だ。」というメッセージである。
言うまでもなく、これら安倍政権の政策は「健康を享受する権利」を侵害している。
2011年3月に福島原発事故が発生したが、2012年11月15日~26日、国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏が来日し、調査報告をしたことをご存じだろうか?以下のビデオをご覧頂きたい。
この報告の中で、アナンド・グローバー氏は、東日本大震災以降、被災者たちの「健康を享受する権利」が守られていないことを指摘し、日本政府に対策を要請している。
以下に、ビデオ字幕の書き起こしを記す。書き起こしは次のリンク先から引用している。
<会見前半>「日本政府に要請します…」国連人権理事会特別報告者 アナンド・グローバー 氏会見11/26(内容書き出し)
引用始め
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原発事故の直後には、放射性ヨウ素の取り込みを防止して甲状腺がんのリスクを低減するために、被ばくした近隣住民の方々に安定ヨウ素剤を配布する、というのが常套手段です。
私は、日本政府が被害に遭われた住民の方々に安定ヨウ素剤に関する指示を出さず、配布もしなかったことを残念に思います。
にもかかわらず、一部の市町村は独自にケースバイケースで安定ヨウ素剤を配布しました。
災害、なかでも原発事故のような人災が発生した場合、政府の信頼性が問われます。
従って、政府が正確な情報を提供して、住民を汚染地域から避難させることが極めて重要です。
しかし、残念ながらSPEEDIによる放射線量の情報、および放射性プルームの動きが直ちに公表されることはありませんでした。
さらに避難対象区域は、実際の放射線量ではなく、災害現場からの距離および放射性プルームの到着範囲にもとづいて設定されました。
従って、当初の避難区域はホットスポットを無視したものでした。
これに加えて、日本政府は避難区域の指定に年間20ミリシーベルトという基準値を使用しました。
これは、年間20ミリシーベルトまでの実行線量は安全であるという形で伝えられました。
また、学校で配布された副読本などのさまざまな政府刊行物において、「年間100ミリシーベルト以下の放射線被ばくが、癌に直接的につながるリスクがあることを示す明確な証拠はない」と発表することで状況はさらに悪化したのです。
年間20ミリシーベルトという基準値は、1972年に定められた原子力業界安全規制の数字と大きな差があります。
原子力発電所の作業従事者の被ばく限度(管理区域内)は「年間20ミリシーベルト、5年間で累計100ミリシーベルトを超えてはならない」と法律に定められています。
3カ月間で放射線量が1.3ミリシーベルトに達する管理区域への一般市民の立ち入りは禁じられており、作業員は当該地域での飲食、睡眠も禁止されています。
また、被ばく値が年間2ミリシーベルトを超える管理区域への妊婦の立ち入りも禁じられています。
ここで思い出していただきたいのは、チェルノブイリ事故のあった際、強制移住の基準値は土壌汚染レベルとは別に、年間5ミリシーベルト以上であったという点です。
また、多くの疫学研究において、年間100ミリシーベルトを下回る低線量放射線でも、癌、その他の疾患が発生する可能性があるという指摘がなされています。
研究によれば、疾患の発症に下限となる放射線基準値はないのです。
残念ながら、政府が政策で定めた現行の限界線量と、国内の業界安全規制で定められた限界線量、チェルノブイリ事故時に用いられた放射線量の限界値、そして、疫学研究の知見との間には一貫性がありません。
これが多くの地元住民の間に混乱を招き、政府発表のデータや方針に対する疑念が高まることに繋がっているのです。
これに輪をかけて、放射線モニタリングステーションが、監視区域に近接する区域のさまざまな放射線量レベルを反映していないという事実が挙げられます。
その結果、地元住民の方々は、自分たちの放射線量をモニタリングするために近隣地域の放射線量のモニタリングを自ら行っているという状況にあります。
訪問中、私はそうした差異を示す多くのデータを見せてもらいました。
こうした状況において、私は日本政府に対して、住民が測定したものも含め、すべての有効な独立データを取り入れ公にする事を要請いたします。
健康を享受する権利に照らして、日本政府は全体的かつ包括的なスクリーニングを通じて、放射線汚染区域における放射線による健康への影響をモニタリングし、適切な処置を取るべきです。
この点に関しては、日本政府はすでに健康管理調査を実施しています。
ただし、同調査の対象は、福島県民、および事故発生時に福島県にいた人々に限られています。
そこで私は日本政府に対して、健康調査を放射線汚染地域全体において実施することを要請しいたます。
これに関連して、福島県の健康管理調査の質問回答率は僅か23%余りと、大変低い数値でした。
また、健康管理調査は子どもを対象とした甲状腺検査、全体的な健康診査、メンタル面や生活習慣に関する調査、妊産婦に関する調査に限られています。
残念ながら、調査範囲が狭いのです。
これは、チェルノブイリ事故の教訓を十分活用しておらず、また、低線量放射線地域、たとえば年間100ミリシーベルトを下回る地域でさえも、癌その他の疾患の可能性があることを指摘する疫学研究を無視しているためです。
健康を享受する権利の枠組みにしたがい、日本政府に対して慎重に慎重を重ねた対応を取ること、また、包括的な調査を実施し、長時間かけて内部被ばくの調査とモニタリングを行うよう推奨いたします。
自分の子どもが甲状腺検査を受け、基準値を下回る程度の大きさののう胞や結節の疑いがあるという診断を受けた住民からの報告に、私は懸念を抱いています。
検査後、ご両親は二次検査を受ける事も出来ず、要求しても診断書も受け取れませんでした。
事実上、自分たちの医療記録にアクセスする権利を否定されたのです。
残念なことにこれらの文書を入手するためには、煩雑な情報公開請求の手続きが必要なのです。
政府は原子力発電所作業員の放射線による影響のモニタリングについても、特に注意を払う必要があります。
一部の作業員は、極めて高濃度の放射線に被曝していました。
何重もの下請け会社を介在して、大量の派遣作業員を雇用しているという事を知り心が痛みました。
その多くが短期雇用で、雇用契約終了後に長期的な健康モニタリングが行われることはありません。
日本政府に対してこの点に目を背けることなく、放射線に被ばくした作業員全員に対してモニタリングや治療を施すよう要請いたします。
日本政府は避難者の方々に対して、一時避難所あるいは仮設住宅を用意しています。
しかし、住民の方々によれば、避難所は障害者向けにバリアフリー環境が整っておらず、また、女性や小さな子どもが利用することに配慮したものでもありませんでした。
悲しい事に、原発事故発生後に住民の方々が避難した際、家族が別々にならなければならず、
夫と妻、夫と母と子ども、およびお年寄りが離れ離れになってしまう事態に繋がりました。
これが、互いの不調和、不和を招き、離婚に至るケースすらありました。
苦しみや精神面での不安につながったのです。
日本政府はこれらの重要な課題を早急に解決しなければなりません。
食品の放射線汚染は長期的な問題です。
日本政府が食品安全基準値を1kgあたり500ベクレルから100ベクレルに引き下げたことは称賛に値します。
しかし、各県ではこれよりも低い水準値を設定しております。
さらに住民はこの基準の導入について不安を募らせています。
日本政府は早急に食品安全の施行を強化すべきです。
また、日本政府は土壌汚染への対応を進めています。
長期的目標として、汚染レベルが年間20ミリシーベルト未満の地域の放射線レベルは1ミリシーベルトまで引き下げる。
また、年間20~50ミリシーベルトの地域については
2013年末までに年間20ミリシーベルト未満に引き下げる、という具体的政策目標を掲げています。
ただ、ここでも残念なのは、現在の放射線レベルが年間20ミリシーベルト未満の地域で年間1ミリシーベルトまで引き下げるという目標について、具体的なスケジュールが決まっていないという点です。
さらに、他の地域については、汚染除去レベル目標は年間1ミリシーベルトを大きく上回る数値に設定されています。
住民は、安全で健康的な環境で暮らす権利があります。
したがって、日本政府に対して他の地域について、放射線レベルを年間1ミリシーベルトに引き下げる明確なスケジュール、指標、ベンチマークを定めた除染計画を導入することを要請いたします。
汚染除去の実施に際しては、専用の作業員を雇用し、作業員の手で実施される予定であるということを知り、安心いたしました。
しかし、一部の除染作業が住民自身の手で、しかも適切な設備や放射線被ばくに伴う悪影響に関する情報もなく行われているのは残念なことです。
また日本政府は、全ての避難者に対して経済的支援や補助金を継続、または復活させ、避難するのかそれとも自宅に戻るのか、どちらを希望するか、避難者が自分の意思で判断できるようにするべきです。
これは日本政府の計画に対する避難者の信頼構築にもつながります。
訪問中多くの人々が、東京電力は原発事故の責任に対する説明義務を果たしていないことへの懸念を表明されました。
日本政府が東京電力の株の大多数を所有していること、これは突き詰めれば納税者がつけを払わされる可能性があるということです。
健康を享受する権利の枠組みに於いては、法的な責任を免れない行為をした関係者に対し説明責任を定めています。
従って日本政府は、東京電力も説明責任があることを明確にし、納税者が最終的な責任を負わされることのないようにしなければなりません。
訪問中、被害にあわれた住民の方々、特に障害者、若い母親、妊婦、子ども、お年寄りなどの方々から、「自分たちに影響が及ぶ決定に対して発言権がない」という言葉を耳にしました。
健康を享受する権利の枠組みに於いては、地域に影響が及ぶ決定に際して、そうした影響が及ぶ全てのコミュニティが決定プロセスに参加するよう国に求めています。
つまり、今回被害に遭われた人々は、意思決定過程はもちろん、実行、モニタリング、説明責任プロセスにも参加する必要があるということです。
こうした参加を通じて、決定事項が全体に伝わるだけではなく、被害に受けたコミュニティの人々の政府に対する信頼強化にもつながるのです。
これは政府が、効率的に災害からの復興を成し遂げるためにも必要であると思われます。
日本政府に対して、被害に遭われた人々、特に社会的弱者が、すべての意思決定過程に十分に参加できるよう要請いたします。
こうしたプロセスには、健康調査、避難所、除染のあり方などに関する意思決定への参加が挙げられます。
この点から、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」が2012年6月に制定されたことを歓迎します。
この法律は原子力事故により影響を受けた人々の支援及びケアに関する枠組みを定めたものです。
同法はまだ実行に移されていません。
私は日本政府に対して同法を早急に施行する方策を講じることを要請いたします。
日本政府にとって、社会的弱者を含め被害を受けた地域が十分に参加する形で、
基本方針や関連規制の枠組みを定めるよい機会になるでしょう。
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引用終わり
安倍政権や御用マスコミによる情報隠ぺいに慣らされている人たちは、グローバー氏の報告内容を「風評被害だ」という常套句で非難するかもしれない。原発マフィアたちのブラックプロパガンダは強力だからやむを得ない面もある。しかし、思考停止を免れ、グローバー氏の忠告を理解できる知性を持っている人ならば、事態の深刻さをなるべく多くの人に広めて頂きたいと思う。
以上
コメント
素晴らしい論文です。
このように、論理的に丁寧に政府の対応を批判している論文を、日本のマスコミには全く見ることが出来ません。多くの人の目について欲しい。そう願わずにはいられません。