2011年3月の東日本大震災で壊滅的な事故を起こした福島第一原発では、地下水が流れ込んで汚染水が止めどもなく増え続けている。この問題を解決するためのに採用された手段が凍土壁であり、深さ30メートル、長さは約1.6kmにも及ぶ。
凍土壁の建設には約350億円の費用と2年の歳月を要しており、広大な福島原発エリアを長方形で囲うことで、地下水の流入を防ぐ目論見だ。放射性物質で汚染された水が太平洋へ流れ出るのを防ぐ目的がある。
費用がかさむ上に、凍結しない場所があり、現状は機能しているとはいいがたい。さらに、凍結には大電力が必要であり、原発と同じように自然災害に対して脆弱なのだ。
福島第一原発は、丘を切り開いて海岸のすぐそばに建設されたため、地下水の影響を受けやすい状態にある。2011年3月までは地下水の流入を何とか防いでいた。しかし、地震・津波・メルトダウンなどにより原発建屋の地下部に亀裂が入り、地下水の流入により汚染水は日々増加している。
地下水の流入が止まらないため、溶融した燃料の状態や場所が特定できず、廃炉作業も夢のまた夢だ。原発事故以来、5台の探索ロボットが送り込まれたが、高レベル放射線で機器が故障し、がれきにも阻まれ、帰ってくることすらできなかった。
流入し汚染された地下水はすぐに汲み上げないと太平洋にあふれ出てしまう。汲み上げた地下水は、地上に設置された1000個以上の巨大タンクに保管されており、その量は2016年8月現在で80万トン以上になっている。正に悪夢だ。
原発事故以降に急ごしらえで建設した貯水タンクは脆弱で、汚染水漏れが発生している。そのため、より耐久性の高いタンクに置き換えるべく、建設作業が急ピッチで行われている。
増加する汚染水という悪夢から逃れるための手段が凍土壁であり、それは世界最大の冷却装置でもある。長さ30メートルの配管が地下に埋め込まれ、それが1メートル間隔で1568本並び、各パイプ内の液体をマイナス30℃にすることでパイプ周囲の土壌を凍結するのだ。建設を受け持っている鹿島建設によると、凍結には約2か月を要するという。凍土壁という技術は珍しくないが、これだけの規模は前代未聞であり、しかも原発で使われた事例は無い。
福島第一原発に凍土壁の技術を適用することに関しては批判が多い。地下を通るトンネルのために凍土壁に穴が開いた状態になる可能性がある。実績のあるコンクリートや鉄製の壁の方がいいのでは、という声もある。
安倍総理が2020年の東京オリンピックを誘致した際、国際社会に対して「福島原発の汚染水問題はコントロールされている」と公言してしまったこともあり、ワラにもすがる思いで凍土壁に望みを託している。当初、日本政府や東京電力は汚染水問題を甘く見ており、対応の動きが鈍かった。
2016年の3月に凍土壁の太平洋側、6月には丘側の運用が開始された。原子力規制委員会によると、急激に地下水をせき止めると逆流現象が起こり、原子炉内の汚染水が溢れて太平洋に流出する恐れがあるという。そのため、原子炉内汚染水の多くを汲み上げた後、丘側の壁で完全にせき止めたい意向だ。
東京電力によると、2016年9月には海側の凍土壁は99%凍ったとのことだが、一部は土壌の影響で地下水流速が大きいため凍らせるに至っていない。元々、凍土壁という技術は長期間の運用を想定していない。あくまで、仮の対策に過ぎないのだ。配管中を流れる冷却液は腐食性があり、長期的には配管から液が漏れだす可能性がある。高いレベルの放射線にさらされる環境で凍土壁がどの程度もつのか不明だし、地震で停電すれば冷却状態を保つことはできない。鹿島建設の担当者は、凍土壁の自己修復性や耐久性というメリットを強調してはいるが・・・
東京電力は、凍土壁のおかげで海洋への放射性物質流出が食い止められたと言っているが、疑念の声は絶えない。汚染水は地下の岩盤に浸透し海へ漏れ出すからだ。唯一の確実な方法は、原子力建屋を元通りに修復することだ。
仮に凍土壁が上手く機能したとしても、大量の汚染水を処理するという大仕事を東京電力はしなければならない。放射性物質用のフィルタを通しても、トリチウムだけは除去できないのだ。薄めて海へ放出するという考えはとんでもないことであり、海外からの批判も強い。
現場作業員は、防護服・マスク・ゴーグルが必需品であり、大変な肉体労働を強いられている。原発事故という悪夢との闘いは始まったばかりであり、先が見えない状態だ。
参考リンク:ニューヨークタイムズ記事
「Japan’s $320 Million Gamble at Fukushima: An Underground Ice Wall」
以上