加害者としての記録が必要なのはナゼか?歴史改ざんは高くつく。

 アメリカ軍による東京大空襲や広島・長崎原爆投下という大量虐殺を犯罪として長く記録に残し、歴史的事実として後世に伝えていくことに反対する人はいないだろう。アメリカ側は、「原爆による死者はそんなに多くない」「原爆を投下したおかげで早く戦争が終わり、結果的に多くの人命を救った」などと見苦しい言い訳をしているが、まともに耳を傾けるのは一部の売国奴政治家くらいなものだ(主に自民党)。

 しかし、日本人が被害者ではなく加害者として関わった事柄が話題になると、途端に様相が変わる。旧日本軍の中国侵略行為の事実を、本多勝一氏が中国側から聞き取り実地調査を行い報告した下記著書はあまりにも有名だ。強姦・虐殺、略奪、放火・・・ 我々の周囲にいるごく普通の日本人が、侵略行為に加担した結果、悪魔に変わってしまった事例である。

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 1971年の8~12月にかけて朝日新聞に掲載されたものを単行本としてまとめたもので、当時、大反響が起こった。どんな文章であれ、支持する人もいれば拒絶反応を示す人もいる。「よくぞやってくれた!」と支持する人の中には、戦争体験がある旧日本軍兵士が意外にも多かったという。

 ネトウヨ的な拒絶反応の例を以下に記す。

「国賊朝日新聞!」
「中国側のねつ造だ!買収されたのか?」
「でたらめだ!嘘を書くな!」
「この売国奴め!」
「悪いのは中国だ!」
「必ず天誅を加えてやるから覚悟しろ!」
「お前の家族は死に絶える!」

 これらの反応は予想通りなので参考にならない。参考になるのは、まじめな読者による真面目な反応だったと著者の本多勝一氏は述べている。

 明治から今日まで、国家権力が総力を傾けて実施してきた皇国史観教育は、問題意識を持てない奴隷的パーソナリティを育むのに役立ってきた。ブラック企業の跋扈、世界的にも稀な過労死の頻発、庶民から搾取して富める者に分配し続けても選挙で圧勝を続ける自民党、選挙での異常な棄権率の高さ、人間平等の思想を踏み潰す天皇礼賛、原発安全・安心神話の盲信・・・ 例を挙げればキリがない。根底にあるのは、「上の人たちは間違いを起こさない。言われたとおりにしていれば問題ない」という根拠なき信頼だ。自発的隷従という言葉でも表現できる。

 骨の髄まで権力の奴隷になって生きている人たちから見れば、権力側の犯罪を指摘する声は鬱陶しいに違いない。自分の考え方、感じ方、生きる姿勢、さらには自分の人生そのものを否定されているように感じてしまうのだろう。民主主義と対極の安易な姿勢に流されてきた人々は、権力への盲従以外に選択肢はないと信じ込んでいるのである。そんな亡国的な宗教に頼らないで、早いところ精神的に自立した方がいいのだが、どうしても出来ない。こういった「真面目な」人々の反論と、それに対する反論を以下に紹介する。

・「中には善良な日本兵もいた」
 大量の日本軍を中国本土に送り込み、財閥を太らせるための収奪を行い、その過程で千数百万人という中国人を殺害した事実は揺らぐことはない。文部科学省も認めていることだ。このような情況下で、一部の善良な日本兵の存在を持ち出しても意味がない。

・「中国軍だって日本人を虐殺した。」
 盧溝橋事件から間もない混乱時に、二百数十人の在留邦人が蒋介石軍によって虐殺された。非道な許されざる行為だ。だからといって、旧日本軍による中国全土への凶暴な侵略行為が正当化されるのか?すべての原因は、日本による侵略行為なのだ。

・「中国側の視点による一方的な報道だ。公平に報道しろ」
 日清戦争以来、権力の広報誌である新聞は権力側に都合の良いことしか報じてこなかった。日本軍の侵略を自衛と言い換え、中国の反撃を非道・鬼畜と宣伝していた。その一方で、日本軍の残虐行為は何一つ書いておらず、隠蔽してきたのだ。戦後二十数年経ち、ようやく中国側の視点で報道することが、どうして偏向なのか?むしろ、偏向を正す行為ではないか。日本の侵略行為の一切を隠蔽しろ!、という態度こそが偏向である。

・「中国人の証言なんて不正確だ」
 侵略した場所へ行き、現地の体験者の声に直接耳を傾けるのは、正確な情報を得るのに一番有効な方法だ。侵略側は侵略された側の発言に関して揚げ足取りを行い、「自分と主張が異なる「だから侵略事実はなかった」「すべてマボロシだ」「だから、旧日本軍は何も悪くない」という詭弁術を侵略側は良く用いる。それしか頼りになる方法がないのだろう。

・「戦争なんだから、異常事態なんだから仕方がない」
 そもそも、日本が中国に攻め込まなかったら戦争は起こらなかったのである。戦争を起こした側が、「戦争なんだから仕方がない」とよく言えたものだ。「侵略されても大人しく従っていればいいものを、抵抗するから戦争になるのだ。戦争になったのは中国が原因だ」とでも言いたいのか?この間抜けな論理にダマされる人は、現代の日本人にも多い。

・「こんな報道をするなんて、お前は日本人か?」
 「在日認定」という言葉がネトウヨの間で流行っているが、権力側に都合の悪いことを発言する者は日本人ではないということだ。日本人ならば皆で協力して、憎き中国を打倒しようと言いたいのだろう。日本国民全員が仮想敵国を批判してさえすれば、自国の悪政が批判されることもなく、内閣支持率は高止まりしたままで権力側は万々歳なのである。
 日本の庶民と中国の庶民は親密に交流し、協力関係を構築し、お互いの国の権力者たちを監視し暴走を防がねばならない。協力すべきお互いの国民同士が分断されたままでは、権力者の高笑いが終わることはないだろう。

 以上述べてきたように、自国の侵略行為事実に対する反応は、権力者に都合の良いトンチンカンなものばかりだ。原因は、知るべきことを知らない無知にある。長年に渡って、侵略戦争の事実を教えてこなかった亡国歴史教育の成果である。

 歴史の改ざんや隠蔽は高くつく。とくに、自国の過ちに関することは正しく記録し、世代を超えて丁寧に伝えていかねばならない。同じ過ちを繰り返さないためにも、絶対に必要なことだ。事実に対して目をつむれば、実害は必ずあなたに降りかかってくる。普通の一般人が強姦虐殺魔に変貌するのはフィクションの世界だけではないのだ。

政治家による靖国神社集団参拝(2017年)出典:朝日新聞

参考文献:
本多勝一・長沼節夫著「天皇の軍隊」(朝日文庫)の初版解説文「加害者としての記録の必要性」

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以上

コメント

  1. 山崎雄二 より:

    まったくです。この意見に全面的に賛成します。

    補強的にといいますか、はっきり言ったほうが良い点があるよにもおもいます。
    一つは、「歴史はやがては正しく記載される」ということです。歴史が書き留められられるということは、どんなに事実に反する歴史書や修正主義があったとしても、それが成功したとしても、200年後300年後にはより正しく書き改められて、日本が朝鮮や中国、東南アジア、インドなどで行ってきた虐殺・野蛮行為・政治的謀略・慰安婦問題などなど、これは二度と消し去ることはできない。というのが「歴史」というものであること。
    その都度の政府や国粋主義右翼などが歴史を改竄できたとしても、現政権や時代が200年も続くはずがないだろう。歴史を事実に反するよう修正しても無駄であり徒労なのだということである。

    二つは、戦中を生きてきた人々(日本人も関係諸国民でも)戦後間もなくを生きてきた人々。年寄りや戦争と戦闘経験者の話を聞いたことがあるもの、早急に聞き取り書き留めて置かなければならない、差し迫った時代であること。遺品などを蒐集保存することも同様であること。このような課題を自覚、普及すること。日本民族としての贖罪にもなろう。
    三つめ、歴史上あった(これからも)大量殺人、目に余る残額行為などは、人類史的犯罪行為として、またその責任者は、明記される時代が来る。ということ。
    上記戦争犯罪の日本の責任者。原爆投下責任者(どんな天才であろうと原爆製造責任として、その後の核兵器冷戦状態を生み出した責任者として)。ユダヤ人殺戮責任者などは、永久的に人類の敵対者として、許されざる殺人犯罪者として明記され続けるということ。
    歴史とは人類史のことでもある。

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